結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
1.風の章

 妹



僕が住む町に 父が赴任してくると知らせてくれたのは 

9歳年下の妹 葉月だった



『転校するのは嫌だけど お兄ちゃんにいつでも会えるのは嬉しいの 

お父さんったら意地悪なのよ

”引越しすることになったけど 賢吾のいる町に引っ越すんだよ”って

言うんだもん

それじゃ 私 イヤって言えないわ』 




電話から伝わる無邪気な声の向こうに 久しぶりに父の笑い声を聞いた

両親が離婚したのは 僕が6歳の頃


「お父さんは もう お家には帰ってこないのよ」


そう告げた母の厳しい顔に 父のことを あまり口にしてはいけないと 

子供心に感じ取った

家には帰ってこない父ではあったが おばの家に泊まるときは 

必ず父が一緒だった

ある日 父に紹介された女性が 父の再婚相手だと知ったのは 

すいぶん後になってからのことだった

今の僕の年齢なら母との関係を推し量り 複雑な思いでその女性を

見たのだろうが

その頃の僕は 時々会って 優しく接してくれる父の知り合いの女の人が

いるというだけで 特別な感情は持たなかった 

その女性が 葉月の母 朋代さんだった


 
『引っ越すところ お兄ちゃんの大学にも近いんだって 遊びに来てね』


『そうなんだ それは助かるなぁ ご飯を食べに行くよ』


『えーっ! 私に会いに来るんじゃないの?』


『はは……葉月にも会いに行くよ』


『私はついでなんだ』


『そんなことないって へそを曲げないで お父さんに代わってよ』



父とは暮れに会ったっきりだったが ときどき電話をもらっていた

母のように あれこれと細かいことは言わないが 物静かな父なりに 

僕を心配してくれているのは充分伝わっていた

電話口に出た父のは 葉月との会話を聞いていたのか さも可笑しそうに

話し出した



『お前も 葉月にかかると形無しだな そういうわけだ 

来月に入ったらすぐに引越しだ』


『久しぶりの地方勤務だね 葉月が小学校に入ってから初めてじゃない 

4月から5年生だっけ?』


『あぁ 卒業までここにいさせてやりたかったが 

宮仕えの身ではそうもいかなくてね』



父はそう言ったが 父が密かに僕のために転勤願いを出したのではないかと

思っていた



入学当初は何度か来てくれた母も 仕事が忙しくなり そう度々来ることは

なくなっていたが 父は地方出張のたびに 何度か寄ってくれていた

母親のように世話を焼くわけではなかったが 僕の様子を聞くだけで

安心するのか 短い再会で別れることが多かった

僕が大学に入って東京を離れて 葉月が寂しがっているとも父から聞いていた





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