結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


夕方には帰ると言うと 途中から部屋に入ってきた祖母に 夕食も一緒にと

強く勧められ 高志おじさんが宿舎まで送ってくれるということで 

従兄弟たちをまじえた賑やかな食事のあと 桐原の家をあとにした





遺跡近くの高台にある合宿所から少し歩くと 見晴らしのいい展望台がある

公共の施設のためか エアコンのあまり効かない宿舎を抜け出して 

夜風に吹かれながら展望台への道を歩いた

遠くに湾岸線の明かりが点在しているのが見え 都会の夜景とは違い

華やかさはないが充分に綺麗で 深く息を吸い込むと 森林の中の

木々の香りが微かにした


桐原の祖父母は いつも僕のことを気遣ってくれていた

会ったのは5年ぶりだったが 父を通して毎年届くお年玉や誕生祝い

葉月とわけ隔てなく送られてくるものを当然のように受け取っていたが 

それらがどれほど行き届いた行為であるか 今の僕には理解できた

葉月の兄だというだけで 桐原の家とは義理の関係の僕を いつも暖かく

迎えてくれる

けれど それも特別に扱うのではない 

大輝たちと同じように接してくれるのだ

だからあの家が心地良かった


もう一度 桐原の祖父母に会ってから帰ろう そう決めたときだった 

後ろから後輩の女の子の声がした



「遠野先輩」


「君島さん 散歩?」


「いえ……あの……ここの眺めいいですね」


「うん そうだね」



君島さんは今年入った子で 何事も一生懸命に取り組む真面目な後輩だ

確か菅野と同じ専攻とかで 一緒にいる姿をよく見るが 僕はあまり話しを

したことがなく こんな所でいきなり話しかけられて戸惑った

彼女も涼しさを求めて外にでてきたのだろうか 

風景のことや遺跡の感想をポツポツと述べ そして ときどき黙り込む 

僕に何か言いたいことがあるようにも感じられたが 取り留めのない話に 

返事が苦痛になってきていた
 


「あの……遠野先輩は 実咲先輩と付き合ってるんですか」


「あっ あぁ……まぁ……そうなるかな」


「私が……私が遠野先輩を好きになったら迷惑ですか」



こんな展開になるとは予想もしないことで 僕の心臓はいきなり加速した

こんなとき なんて答えたらいいんだろう

とっさにあれこれと答えを探すが 気の利いた言葉を探すことが出来なかった



「迷惑じゃないけど 俺 今は実咲だけだから 実咲しか見てないから……」


「……わかりました」



そう言ったとたん 君島さんは さっと身を翻して宿舎の方へ駆け出した




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