結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


「賢ちゃん いらっしゃい まぁまぁ大きくなって 

お父さんより大きいんじゃないの」



おじさんと同じ言葉を 桐原の祖母が感慨深げにもらし 僕を眩しそうに

見上げた

5年の月日は祖母を一回り小さくしたようだ

僕が大きくなったからだけではなく 病人を抱えた疲労も併せ持っているのが

覗えて 精一杯の笑顔が痛々しくさえ感じられた


程なく家の奥から和音おばさんが顔を出し うしろから光輝と勇輝もでてきた

僕のことを覚えているかと聞くと うんと頷いたが二人とも恥ずかしいのか 

しばらくの間はぎこちない空気が漂っていた

だが それもほんの一時 すぐに以前のように ”けんにいちゃん” と

呼んでくれた



「お義父さん一時帰宅してきたのよ 

様子を見て大丈夫そうだったら自宅療養に切り替えるって 

今回はその予行練習ですって」



僕は和音おばさんの雰囲気が好きだ

いつも穏やかで ゆったりとした話しぶりは 大人相手に変に畏まってしまう

僕でも 初めて会ったときからすぐに打ち解けることができた

怒るときはとても怖いが そうでないときは 子どもを見てないようで 

ちゃんと見ていてくれている安心感がある

賢吾君はわが家の長男みたいなものよと 昔言ってくれたことがあった

男兄弟のいない僕にとって それはとても嬉しい言葉だった





居間の隣りの和室が急ごしらえの寝室になっており ベッドから上半身を

起こした祖父は 皺の多くなった顔をほころばせ 僕を迎えてくれた



「賢吾 大きくなったなぁ……」


「お父さんを越したんじゃないかって言いたいんでしょう」



僕の答えに祖父は破顔した

うんうんと頷き さっきの祖母と同じように僕を眩しそうに見る

前にも思ったことがあった 祖父の目は他の従兄弟たちへ向ける目とは

どこか違う

僕を慈しむように見るのだ

それは高志おじさんや和音おばさんにも言えることで 

僕の成長を見守ってくれているようにも感じられるのだった



「一時帰宅だと聞いたけど 体の調子は?」


「あぁ だいぶいいよ 病院は暇で困る 賢吾はいつ帰るんだ? 

こっちにいつまでいられる」


「あさって帰るよ」


「そうか……」



僕の返事に寂しそうな顔をしていたが 今回の合宿は 

おじいさんに教えてもらった遺跡がきっかけだったと告げると

途端に嬉しそうな表情になり あそこに古い知り合いが勤めているからと言い 

さっそく連絡を取ってくれた

桐原さんの孫だから特別にってことらしいぞと 時々見せるニンマリ顔で

僕にあれこれ聞きながら ふだんなら入れない場所を見せてもらえるよう 

段取りまでつけてくれたのだった

元気だった頃と変わりない手際の良さを目にして 病気も回復に向かってきて

いるようだと安心した



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