結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】

 涙の理由



車窓の風景は同じはずなのに 去年の夏とはまるで違う海に見えるのは

なぜだろう

そう遠くない将来 この地をふたたび訪ねて 従兄弟達と会い海へ行き 

祖父とも再会するはずだった

カメラは大事にしているよ 僕もあれからカメラに興味がわいたんだと 

報告するつもりでいたのに それは叶わぬことになってしまった


桐原の祖父の最期を告げる電話を受け 僕も別れの場に行きたいと言うと

父はしばらく考えていたが 重苦しい顔をしながら同意してくれた



「そうだな 一緒に行くか……おまえのことを一番気に掛けてくれた人だった」



可愛がってくれたでもなく 大事にしてくれたでもない

気に掛けてくれた人だったと父は表現した


桐原の祖父に初めて会ったのはいつだっただろう

葉月が生まれる前だったと記憶しているが 今となっては定かではない

朋代さんのお父さんだと紹介され 親戚のおじさんに会ったような 

そんな感覚だった

学校の様子を聞かれ あれこれと僕の好みを聞き 家では寂しくないかと

聞かれたのを思い出した

母親は仕事でいないことが多かったが 家には祖父母が常におり 

寂しくないよと返事をすると

「そうか 寂しくないか……」 と穏やかに微笑み 祖母と頷きあったのを

覚えている


寂しくないかとは もしかして 父が不在で寂しくないかと 問われたのでは

なかったのか

朋代さんと父が再婚したことと 僕の父が不在なのとは直接関係ないことなのに

祖父にとっては僕が気がかりだったのだろう


隣りでじっと眼を閉じ身じろぎもしない父を見ながら 僕はそんなことを思った







「賢ちゃん 来てくれたの……体はもういいの? 足は? 心配したのよ」



僕らを出迎えてくれた祖母は まず僕に声をかけてくれた

事故の怪我は完治したと伝えると 心から安心したといった顔をし 

おじいさんも気にしてたのよと伝えてくれた

最後の最後まで僕は心配をかけたのかと 祖父の動かぬ体を目の前にし 

本当に申し訳ない気持ちになった


祖父のことは もう何度目かの入院でもあり 祖母には覚悟が出来ていたらしく

泣き濡れるといったこともなく

喪主として弔問者への挨拶に余念がない 自分の母親ながら感心するよと 

高志おじさんが父に話すのが聞こえてきた




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