結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


「葬式で 牧野さんという年配の方を紹介されました 

僕をずっと前から知っているようでしたが……」


「さて どこから話そうか 賢吾君が聞きたいのは 

お父さんの単身赴任中のことだね 

そうだな まずは職場の関係を話そうか」


「お願いします」



やはり僕が聞きたいことがわかっていたようで 仲村さんは父が赴任した当時の

職場の様子を教えてくれた



「私も君のお父さんも 同じ年に本省から課長として赴任した 

私の課にいたのが牧野さん 

当時は課長補佐をなさっていた 部下に朋代さんがいた 

牧野さんは朋代さんのお父さんの後輩だと聞いている」


「そんな繋がりのある方だったんですね」


「賢吾君はどこまで知っているのかな その……お父さんのことを……」


「両親が離婚する前に 父は朋代さんと付き合いがあったということだけです 

なぜそうなったのか 知りたいのはそれだけです」



僕は出来るだけ淡々と答え ただ事実が知りたいのだという姿勢を見せた

仲村さんは 僕が父と朋代さんのいきさつを知っているとわかると 

前触れもなくこう言ったのだった



「遠野君も朋代さんも真剣だった」

 
「真剣だったって……父には家庭があったのに?」


「息子である君には 理解しがたいことかもしれないね」



いきなり本題に入ったものの 僕の気持ちを推し量るようにそう言ったあと 

手元を見ながらコーヒーカップを何度も口に運んでいた

既婚者である父は 家庭があることが心のストッパーにならなかったのだろうか

朋代さんだって 父のことは知っていたはずなのに なぜ思いを向け続けたのか

そこがどうしても理解できない部分だった

思いが真剣なら突き進んでもいいと言われたようで 僕はとても不快になった


「真剣だからって そんなの理由にならないと思います」


「理由にならないか……だけど 思う気持ちは止められないんじゃないかな 

誰かを慕うのに理由が存在するだろうか」


「だけど 思ったはずですよね……いけないことだって」


「思ったさ だから苦しんだ こう言ってはなんだが 

君のお父さんは真面目な上に不器用だ

家庭はそのままで 他に付き合う女性がいてなんて そんな男も多い 

けれど遠野君はそれが出来ない男だ 

思いが真剣であっただけに なんとかしようと自分を責めて もがいて 

一番険しい道を選んだ」


「……そうでしょうね 父の性格ならそうだと思います 

僕にもそれくらい想像がつきます でも 割り切れない」


「君と同じように どうしても割り切れない思いの人がいた 

それが朋代さんのお父さんだった」


「でも最後には認めたじゃないですか 娘可愛さに許した 

娘の相手だから受け入れた そうじゃないんですか」


「相当な葛藤の末にだろうね……

二人を許したことで 他のすべての部分も受け入れた 

そこがあの方のすごいところだよ 人を許すのは そう簡単じゃない 

人生経験が長い桐原さんと同じことを 若い君に求めるのは酷だと思うが」


「すみません 父たちのことを追及しようと思って

話を聞きに来たわけじゃないのに つい……」


「そんなことはないよ それが普通だ」



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