結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


慌しく夏を迎え 猛暑の夜が少し涼しくなった頃 東京に帰省していた

父たちが戻ってきた

忙しくて帰省できなかった僕に土産があるからと 実咲と一緒に夕飯に呼ばれた


元々寡黙な父だから 家族で食事をしていても賑やかな食卓ではなかったが 

今夜はいつになく静かな席になっていた

いつもなら 聞きもしないことまで話し ひとりでしゃべっている葉月が 

早々に食事を済ませ部屋に行ってしまったのだ

頼みの葉月がいなくなると 会話がぱったりと途絶えてしまった

こんなとき 何かを話さなくてはと思うのだが 思うような話題が見つからない

実咲もそれを感じていたのか 差しさわりのない話題を提供してくれた



「葉月ちゃん また背が伸びましたね 来年中学生だもの 大人びてくる頃ね」


「お父さん 来年転勤だね 本省に戻るんだろう? 

葉月の中学入学もあるし ちょうどいいね」


「それは良かったと思っている 環境の良いところに住めればいいんだが」


「あの子……行きたい中学があるらしいの」



朋代さんが 半分困ったような顔で話し出した

私立を受験したいと言い出して 今年になってから突然勉強を始めたのだという



「あの子ね 賢吾君が通っていた学校に行きたいらしいの」


「えっ? なんで」


「制服が可愛いんですって 賢吾君が着てた制服を覚えていたみたい

ネットで学校のホームページも調べて 

制服やカバンが気に入ったからって そう言うのよ」 


「制服が可愛いから行きたいって 葉月らしくないね」



制服が可愛くて学校を選ぶ そんな理由もないわけじゃないが 理由付けが

葉月らしくなくて朋代さんも納得いかない様子だった

僕が葉月に聞いてみるよと言うと それまで黙って話を聞いていた父の顔にも 

安心したといった笑みが浮かんだ

兄貴として頼られるって こんな感じだろうか

少し良い気分がした



一緒に話を聞きたいという実咲と葉月の部屋に行った

久しぶりに入った葉月の部屋には参考書や問題集が増え 机の上には

塾の宿題らしきプリントが見えた

勉強頑張ってるんだ すごいわね 私立受験は自分で決めたの? と実咲が

上手に話を切り出した




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