結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


僕には 春休みに決めたことがもうひとつあった



「学部で卒業しようと思ってたけど 

先輩の話を聞いたら院に行った方がいいって言われた 

その方が進路の幅が広がるって」


「そうか……どこの大学院に行くの? やっぱり関東近辺かな」


「それも考えたけど このままこっちに残るつもりなんだ 

合格したらの話しだけど」


「あはっ そうだよね……そっかぁ……お父さん達には言ったの?」


「うん 思うようにすればいいって言われた 

だけど 養育費は大学卒業までって約束だったから 

あと二年も親父に負担を掛けるのかと思うと ちょっと申し訳なくてさ」


「賢吾 大人になったね 今までそんなこと考えたこともなかったでしょう」


「実咲ってさ ときどきグサッとくるような嫌味を言うよな」


「そお? 私は思った通りを言っただけなんだけど」



実咲の口の端があがり 明らかに嫌味な笑みを浮かべている

その顔が どうしようもなく 憎らしくて可愛くて 僕は彼女に飛び掛ると

羽交い絞めにした

僕の腕の中で懸命にもがくけれど 所詮 男の力に敵うわけがない

実咲の腰に足を回し いよいよ動けないよう押さえ込んでいたが

真剣に抵抗していた彼女の体は 細い首筋に唇を這わせ出した頃から 

徐々に力が抜けてきた

ダメよと口では言いながら 僕の望むとおりの声が漏れてきて 床に敷かれた

ラグの上に 脱いだ服が増えていく


ふざけながらそうなるときもあれば レポートを書く合間に ”休憩” と

宣言して 実咲の体を引寄せることもあった

きっかけは何でも良かった 触れ合うことで存在を確認し 

抱き合うことで安心した

僕の胸の下にいる彼女から 窓越しに空が見えるのだろう

ツバメが飛んでるよ なんて 僕を受け入れたまま 呑気なことも言うように

なっていた





父の家族とは これまでと変わりなく接している

いや 本当のところは変わりなく ではないのかもしれない

父と朋代さんの姿を見るたびに 仲村のおじさんや和音おばさんから聞いた 

二人のいきさつが思い出された

二人の葛藤はわかる 理性や常識ではどうにもならない思いが存在することも

理解したつもりだった

けれど いざ二人を目の前にすると 思っていたよりも意識してしまうものだ


親の恋愛など考えたこともなかった

子どもにとっては 父は父親で 母は母親であり 男と女だった部分には

目を向けないものだ

僕は幸か不幸か それを考えさせられてしまったけれど……


離婚後 互いが幸せになっている 両親の選択は間違っていなかった

その事実が僕を納得させていた

納得しながらも 父と朋代さんを見ると 複雑な思いが頭をもたげるのだが 

葉月の存在がフィルターになっていた

僕を純粋に兄弟としてみてくれる妹は かけがえのないもので 葉月がいるから

父と繋がっていられるのかもしれない

けれど これまで通りに接するのは今の僕には予想以上に難しく 以前ほど

父の家に行かなくなっていた



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