結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】

 父の背中



朝起きて最初にやることは コーヒーを淹れるためのお湯をわかすこと

パンをオーブントースターに放り込んで その間に顔を洗ってベッドを整える

シーツの皺を伸ばすと気持ちいいなんて それまで思ったこともなかった

実咲と暮らした一年で 家事の手順をしっかり叩き込まれたみたいだ


片付けや後始末ってね あとでやろうって思ってると 片付かないの 

そのとき その場で片付けていくと楽なのよ 

賢吾は もともと綺麗にしてるし ちょっと心がければいいだけよ

朝ご飯はしっかり食べてね 血糖値をあげて活動しやすくして……


実咲の講釈が時々思い出される

以前は実咲に作ってもらっていた朝食を 自分で準備するようになってから

1年半が過ぎた


先に卒業した彼女は 家に戻り両親の手助けをしながら社会人になって

頑張っている

同じ年に本省に転勤になった父は 役職が上になり忙しくしているらしく

無事に中学に合格した葉月は 今年2年生になり元気に通っていると 

久しぶりに電話をした僕に朋代さんが話してくれた

ふたたび一人暮らしを始めた僕が気になるのか 母も頻繁に電話をくれて 

決まって ”朝ご飯は必ず食べるのよ” と言う


朝飯はちゃんと食べてるよ 

心配するな そっちも頑張れよ


実咲や家族の顔を思い出しながら トーストを頬張った





先輩の意見に従って進学したのは正解だった

ただでさえ少ない学芸員の募集は 「大学院卒」 と書かれているものが

多かった

とは言え 僕が希望する地域の採用は思うようになく 就職が難しい職種で

ある事には変わりない


東京のとある博物館が展示物の充実にあたり増床するらしい 

職員採用もあるのではないかと 期待できる話もあったが 

問い合わせてくれた就職課の担当者によると まだ計画の段階で

採用などは一切白紙ということだった



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