神名くん



「ソファに座っていて貰えるかな。直ぐに紅茶を容れてくるから。」



彼のテノールの声音に耳が心地好くなるとともに、私は素直に頷いたのです。そんな、私を見て、彼は口許を緩ませればそっと繋いでいた手を離しました。繋がれていたところは熱が残ってまだ繋がれているような錯覚さえ覚えていました。



だけども、そんな余韻を残すまいと言う具合に彼はあっさりと離れたのです。隣から彼の気配までもが消えてしまうと、この客間は果てしなく広く感じるのです。



まるで、世界にはもう既に人類はおらず私だけが生き残ってしまったような錯覚さえ覚える。それ程までにこの屋敷は大きく、この客間は広い。



だけれど、此処は動かなければなりません。ただ棒の様になっていた足を、一本一本折り、ゆっくりと歩みを進めます。すると、あんなに大きく感じていたソファは更に大きくなり、更に身がすくむのです。



何故でしょうか。正直に"怖い"という感情がこの私めの心を黒い霧として埋め尽くす。ソファがだんだんとソファに見えず、黒い皮張りなためかブラックホールにさえ見えたのです。



ですが、ソファはソファなのです。必死に涙を目頭の奥に流し込むと、ソファにちょこんと座る。ガタガタ震えるのは、恐怖心が今だ残っているからなのでしょうか。



今思えばあの恐怖心は一体なんだったのか、解るようで解らない、自分に対しての謎になってしまいました。





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