二度目の恋
 愁は素早くペダルを漕いでいた。樹木の影が二人の体に泳いだ。その時、遠くから汽笛の鳴り響く声と、黙々とした黒い煙が木々のは狭間から顔を覗かせた。愁は思わずペダルを漕ぐのを止めた。自転車は徐々にスピードは落ちていったが、道に沿って進んでいた。「どうした?」健太郎は言った。「いや、今、汽笛が聞こえた」愁が言った。「汽笛?」うねるような声が森に鳴り響いた。「ホントだ。汽笛だ。でも何で?」健太郎は言った。「今日、村に鉄道が開通するんだ」愁が言った。「鉄道?」健太郎が言うと愁は頷き「行くぞ!」そう言って、またペダルを踏み込んで自転車を動かした。
 自転車のスピードは山が下りに差し掛かっているせいか徐々に上がっていった。「愁?もうちょっとスピードを落とせないかな」後ろに乗っている健太郎は、そのスピードの速さから声を震わせて言った。「えっ?」愁は健太郎の声が風に靡かれて、よく聞こえなかった。「もぉ……もぉ~ちょっと……スピード……」声が震えてそれ以上の言葉はでなかった。健太郎は恐怖のあまり、愁にしがみついた。愁はブレーキを握った。だが、自転車のスピードは落ちていくどころか、増していった。愁は更にブレーキを強く握った。「自転車……止めて……止めて……」健太郎は愁にしがみつきながら、その言葉を唱え続けた。「いや……あの……ブレーキが……」愁は何度も何度もブレーキを握っていた。健太郎は呪文を唱えるようにずっと口ごもって同じ言葉を繰り返していた。自転車は段々と安定しなくなっていた。「誰か……助けて……」愁から出た言葉だった。目を丸くし、声が震えていた。ブレーキを何度も握っている。「ブレーキが壊れた……誰か……誰か……神様……たすけて……」ガタガタと自転車も揺れ、愁の体も揺れた。「ワァー!」二人の悲鳴が山に木霊して、自転車はもの凄いスピードで下っていった。
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