二度目の恋
「松永、安心しろ!橘はおまえが好きだ」
 健太郎も少し照れたように頷いた。
「まあ、今日は日頃の様子なんかも話ながら、次回作の考えを聞きたい」
 高山は、健太郎を見た。
「今日は大人しいな。ほら、何ボーとしている。これからはおまえの仕事だ」
「あ、すんません。ではいきます。え~っと、先生は次回作をどのようにお考えでしょうか」
 健太郎は慌てて言った。その様子を見て、愁は少し吹き出して笑ったが、すぐさま真面目な顔をして次回作のことを話し始めた。
「ローカル電車で旅を続ける詩人の青年と、旅館の若女将との不倫の恋です。そこに、旅の途中に知り合った女の子も巻き込んだ恋の話が進みます。その心情に、青年の詩が盛り込まれていくんです……」
 三人は、それからまだまだ次回作のことや、神霧村での出来事などを話した。四、五時間は話したろう。愁が店を出るときにはもう辺りは暗くなっていた。


 この町には山がない。ビルや西洋風の煉瓦の建物は多かった。もみじやイチョウの木で埋まり、秋には町中が赤と黄色に染まる。この街の名は紅(こう)髯(ぜん)町(ちょう)。その全ての物からとった意味合いの強い名でもあった。
 愁はこの町で一番大きい公園を横切って自宅へ帰る途中だった。自然に満ちたこの公園もまた、もみじとイチョウの木が立ち並び、その中央には大きな噴水があった。もう、水は噴き上がっていない。静かにその場に留まっている。愁は木々の間から顔を出すと、その噴水の前に姿を現した。人は誰もいない。ぼやけた街灯と月明かりで噴水は照らされた。静かに愁の目の前に落ち葉が舞う。愁は、何故かそれがとても懐かしく思えた。神霧村を思い出す。すると、愁の目の前にその情景が広がった。少年の愁と少女の美月は駆けずりまわりながら草むらを走り、湖へ出た。あの大きな湖だ。湖の底から青い光が放っている。霧も薄く流れていた。少年の愁は駆けずり回り、少女の美月を追いかけた。そこに、大人となった自分もいる。自分はただその場に立ち、二人の様子を見ていた。そこに、何か気配を感じた。自分の足元を見ると、一人の妖精が立っていた。その妖精を見、顔を上げて、霧の向こう、湖のもっと先に目を向けた。どこからかコツコツとした音が聞こえる。その音は近づいてきた。徐々に近づき、霧の奥からその影が浮かび上がり、一人の女性の姿があった。
< 174 / 187 >

この作品をシェア

pagetop