二度目の恋
「静江さんが入ったらまた賑やかになるね」
 台所から唯がお盆にビールジョッキを乗せて戻ってきた。
「ほらガンちゃん、早くチップ」
 芳井が言った。唯はそれぞれの席にビールジョッキを置いた。
「これはゲームだ。チップは関係ない」
 ガン太が言った。
「このゲームはギャンブルだ。早く、チップ」
 にこやかに笑って芳井が言った。
「あんた男らしくないね、早く出しな!」
 静江が言った。するとガン太は目の前にあるチップの山を、渋々と差し出した。
「チクショー、飲んでやる」
 そうガン太が膨れて言うと、目の前のジョッキを持ち上げてビールをガバガバ飲み始めた。


 恵子は寝ていた。静かだ。何一つ音がしない。光さえない。だが、恵子の心の音は静かに響き渡ってきた。
 ザクッザクッザクッ草を勢いよく踏みつける音がする。その瞬間、土の中から出ている木の根を避けるために、飛び立って恵子は現れた。額には、汗が滲み出ている。何かに脅えるように辺りを見渡した。そしてまた走り出し、草を掻き分け掻き分けて、青い光が放つ、大きな湖の前に出た。恵子は必死に湖に向かって走った。
 違う音がする。ゆっくりと草を踏みつける音、草を掻き分けている手がある。それは、確実に近づいていた。ゆっくりとゆっくりと歩み、またその足元も大きな湖へと出た。
 恵子は湖まで辿り着いて、後ろを振り向いた。すると恵子の顔は引きつり、その額に汗を浮かべた。もう動けない。逃げられない。その足は、一歩一歩近づく。恵子はその場で尻餅をつき、逃げることは出来ない。目をそらすことも出来なく、体中に震えは起こった。その足は恵子の前で止まった。恵子は目をそらすことなくその者を見、額の汗は滲み出てきた。その者は、ゆっくりと腰を降ろそうとした。
 ガバッと布団を捲くし上げて、恵子は起きあがった。<また夢……>その額には、汗が滲み出ていた。恵子はベッドから降り立ち、フラフラと足を絡ませながら部屋を出ていった。そしてまた台所にいき、電気をつけると冷蔵庫まで歩いてその扉を開け、缶ビールを取り出してその場で開けて飲み始め、一缶開けるとまたすぐ違う缶ビールを取り出して、その手に持った空き缶を床に投げ捨てた。そしてまた、床にへばりつくようにお尻を付けて、冷蔵庫の横の壁により掛かって座った。
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