二度目の恋
「愁、ここだよ」
 笑顔で言った。
「ここ?」
 愁は見渡したが、湖など何処にもない。少し考えた。今まで歩いてきた道は知っている。学校に行くとき通るんだ。このまま真っ直ぐ行き、山を下ると隣町に着く。湖どころか池さえも見当たらない。<やはり嘘なのか?>周りは巨大な樹木と、茫々と生え伸びる草むらだ。
「ここから、草むらに入るんだ」
 亨はしゃがみ、愁を宥めるように話した。
「草むら?」
 愁には、何を言っているのか分からない。
「そうだ。この木にリボンをつけておこう。ここで入る目印になる」
 亨はズボンのポケットから赤いリボンを出し、木の枝に結んだ。
「愁、ここからはパパと一緒だ。お前の背丈ほどある草が襲うように生え、周りにある巨大な木の根っこがお前を飲み込む。危ないから、パパの手を離すなよ」
 愁は亨の手をシッカリ握った。そして亨と愁は手で草を掻き分けて、この壮大なジャングルと言える草むらの中へ、足を踏み入れた。草と草の狭間に亨と愁の姿が消えると、リュウも後について草むらへ消えていった。
 草と草に遮(さえぎ)られて、亨の背中しか見れなかった。木の根っこが愁の足場を絡み始め、それを解かし歩いた。リュウも木の根っこを飛び越え飛び越えて、草に埋もれながら愁についていった。かなり歩いた。もう一キロ、いや、二キロは歩いただろうか。出口など一向に見えてこない。
 更に奥に奥に亨は足を進めると、突然立ち止まり、愁は亨にぶつかった。リュウは愁の足にぶつかった。愁は亨を見上げた。亨は手で草を掻き分け、その向こう側に顔を覗かせた。愁は少し顔を傾げ、亨の横に出た。草の向こう側は見えなかったが、透き間から青い光が漏れていた。亨と同じく草を掻き分け、向こう側に顔を覗かせた。リュウも愁を真似、目の前を遮る草の向こう側に顔を覗かせた。
 愁には言葉はなかった。ただ口を開け、瞬きもせず、それはまるで天国のようだった。大きな樹木が立ち並び、花が辺り一面咲き誇り、草は青々と茂っていた。
 そこに、今まで見たことがない、大きな湖がある。湖の底から青い光を放っていた。
< 28 / 187 >

この作品をシェア

pagetop