二度目の恋
玄関のドアを開けて外に出ると、もううっすらと明るくなっていた。二人は同時に深呼吸した。冷たい空気がひんやり体に染みる。そこから歩き始めようとした。その二人の気配に、リュウは眉を顰(ひそ)め、目を開けて立ち上がり、尾っぽを振った。「よし、リュウも行くか?」愁が言うと、リュウはトコトコと寄ってきた。
 薔薇畑を通り、薔薇山(いばらやま)の麓で立ち止まる。愁は朝の山の風景を見るのは初めてだった。冷たい空気に、日の光で山の影が出来た。顔を空に向け、その空気に浸った。すると愁の顔に、いくつかの水滴が落ちてきた。「パパ、雨!」愁は叫び、顔を戻して亨を見ると、もう既に山の奥に入ったようで、姿は見えなかった。すると「安心しろ!それは露だ」山の中から声が聞こえた。「つゆ?」愁が言うと、亨はまた山の中から姿を現し、愁の側に歩み寄ってきた。そして愁の隣りに立つと、肩を叩いて言った。「愁、後ろを見てみろ」愁は後ろを振り向いた。それは、初めて見る風光(ふうこう)だった。村全体が太陽の光に覆われ、露が塵となり、家や田園、薔薇畑の上を日の光に照らされて、絢爛(けんらん)に舞い降りていた。愁はその光景に、瞳を輝かせた。そして日の光に照らされている二人の影は、山の中へ一歩踏み込んだ。
 亨はまた、そそくさと歩き始め、愁は辺りを触れ歩いた。リュウは愁の周りを駆けずり回っている。いつにない風景だ。草や花に触れ、樹木に耳をあてると、樹液が流れる音がする。ドクッドクッドクッと聞こえる。愁はそのまま、目を閉じた。ドクッドクッドクッ心臓に響き渡るように聞こえてきた。目を閉じた瞳の奥は暗闇で、樹液の流れる音だけが、体を通じて聞こえていたが、そこから何か青い光が遠くに見える。それはもの凄い早さで近付いてた。「愁!」声が聞こえ、愁は素早く目を開けた。すると愁は樹木から体を離し、辺りを見渡すと、リュウが寄り添って座っていた。「愁!ちょっと来い!」亨の声が聞こえたが、霧は緩やかに愁の周りを駆けめぐっていて、亨の姿など見えなかった。愁はただ真っ直ぐと道なりに歩いて行った。亨はかなり山の奥に進んでいるようで、姿など見えなかったが、やがて霧の奥から人影が写し出された。亨だ。樹木に寄り添って、愁を待っていた。
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