Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 ジョーンはお盆に載っているコップを手に取って、エレノアに笑顔を見せた。

 ジョーンはコップに入っている水を半分ほど飲むと、エレノアの持っているお盆に返した。エレノアがコップを受け取ると、ジョーンにお辞儀してから段を下りた。

 コップを片付けるため、エレノアはお盆を持ったままドアに向かった。

「今日はなんだか体調が悪いの。部屋で休みます」

 ジョーンは少し大きめな声を出した。左側によけて、待機していたケインが顔を上げると、段の下に歩み寄った。

 ジョーンは椅子から立ち上がると、ケインの手をとって段の下に降りた。

 ケインと目が合うと、心配そうな顔を覗かせていた。

「妊娠したの。ケインの子よ。ジェイムズとは、生理の前後にしか性交渉をしてないの。妊娠する期間は、ケインとだけなのよ」

(だから、お腹の中にいるのは絶対ケインの子よ)

 ケインが目を大きく開けて、驚いた顔に変化した。口元はどこか嬉しそうにしていた。

「体調が悪いって、吐き気ですか?」

(ケイン、つわりって言うのよ)

「吐き気もあるけど、今は眠気のほうが強いの。部屋に戻ったら、横になりたいわ」

 ケインが一瞬だけ微笑んでから、喉を鳴らしてジョーンに背を向けて歩き出した。

(もう騎士の顔に戻っているのね)

 緩みそうになる顔を緊張させているに違いない。何事も無かったように、ジョーンの前を歩いているはず。

 今夜、ジョーンと二人きりになったら、思い切り喜んでくれるのだろうか。待望のケインの子が、今はお腹の中にいる。

 ジョーンを右手でお腹を触ると、自然と歩調もゆったりとしていた。

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