Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-

　ベアトリクスが、格子に飛びつくなりウイリアムの名を叫んだ。格子の中にいた男が素早く顔を上げると、ベアトリクスの姿を見た。

「どうしてここに来られたんだ？」

　ウイリアムが細い足で立ち上がると、格子を掴んでいるベアトリクスの手を触った。

　ベアトリクスの後ろに立っていたケインとゼクスに気がついたのだろう。ケインとゼクスに目をやると、ベアトリクスの手を強く握りしめた。

　ベアトリクスの右側にケイン、左側にゼクスが歩み出た。

「お前の婚約者を連れてきてやった。最期の別れをするがいい」

　ゼクスが低い声を出した。ベアトリクスが、カールがかった髪を揺らして、ゼクスへ振り返った。大きな瞳がこぼれてしまいそうなほど、目を見開いていた。

　そんな話を聞いていないと言わんばかりの顔をベアトリクスがしていた。

　ケインとゼクスの親切心から、特別にウイリアムと会わせてもらったと勘違いしていたのだろう。

　世の中は甘くない。甘い誘いには、何か裏があると思うべきだ。厳しい世の中を知らない貴族の娘には、無理な話だったかもしれない。