金色の陽と透き通った青空
第19話 2日遅れのクリスマス
「あったかい……」

 智弘の腕の中に優しく包まれて、じんわりと伝わる智弘の体温のぬくもりに幸福感を味わう杏樹。
2人の甘い時間がこのまま永遠に続いてくれたらいいのに。
 お互いに求め合う気持ちは同じ……離れたくない。離れられない。

「杏樹……」
「ん……?」
「愛してる……」

 甘い吐息のような柔らかな声で智弘は、杏樹の耳元で愛の呪文を唱える。

「私も愛してる……」

 それに答えるように、杏樹もうっとりした声で魔法の愛の呪文を唱えた。

「もう泣かせないって決めたのに、不甲斐ない夫でごめん」
「ううん。そんなに自分を責めないで。戸惑うあなたに行って来て欲しいって背中を押したのは私よ。それに会社が窮地に追い込まれてる状況なのに、このままそ知らぬふりは出来ないわ」

 東京に戻るように勧めたのは自分だ。彼を責める事なんて出来ない。智弘の目の下にうっすらとあるクマを見れば、とても大変な状況だと言う事も分かる。杏樹は心配をかけまいと精一杯にやさい微笑を見せてそう答えた。

「ありがとう……。俺の力が必要とされてるのなら、手を貸さなければと思ってる。だが、今の時代ファミリー企業なんてもう古いと思ってる。俺は仮の代表のつもりでいるし、信用できる適任者が見つかれば、任せたいとも思ってる。今、懸命に捜している所だし、あてがない訳でもないんだが、慎重さも要さなければいけない事だし、もう少し我慢して貰う事になると思うのだけれど……。杏樹の事が心配で……」
「私は大丈夫よ。待ってるから。まさか突然にあなたが戻ってくるなんて思ってもいなかったから、弱虫な姿を見せてしまってごめんなさいね。焦ったり、無理はしなくていいから。玖鳳グループを見捨てて私の所に戻って来て欲しいだなんて我が儘も言わないし、私自身どうすればいいのか今はまだ先が見えない状況だけれど、あなたと一緒にこの状況を乗り越えて行けたらいいなって思ってるから。あなたを応援する気持ちでいるのよ」

 智弘が居ないからと油断して、思いっきり弱い自分の姿を見せてしまって。杏樹はそんな自分を恥ずかしく思った。きっと彼だって淋しいはずだ。

「さっき泣いていたけれど、何かあったんじゃないか?」
「う……ん。鷹乃宮千晶さんが尋ねて来たのよ。あなたと結婚する前に、花嫁候補として名前が上がっていたらしくて、再婚相手にも名前が上がっていたそうで、別れて欲しいって言われたわ。千晶さんの家には玖鳳グループを支えるだけの財力があるけれど、あなたには何もないとも言われたわ。だけどね、それでもあなたと別れられないし、千晶さんにもそう伝えたわ。千晶さんの前では気を張っていたけれど、彼女が帰ったらちょっと気が抜けてしまったのよ」

 鷹乃宮千晶と聞いて、智弘は驚いた。彼女の事は良く知っているが、全く好みの女性ではないし、こんな所までのこのこやって来たのかと思うと、うんざりする。

「あの子がわざわざここまで来るなんて驚いたよ。俺は絶対に杏樹と別れるつもりはないから、安心してくれ」
「うん。信じてるわ」
「俺のかみさんは杏樹だけだから」
「ええ。私の夫もあなただけよ」

 智弘が戻って来てくれたら、先程までの不安感は何処かに消え去って、気持ちも軽くなった。何をそんなに不安に思って、悲しんでいたのだろう? 彼が側にいてくれれば、あんな事ぐらい何でもないと思える程小さな事なのに。凄くセンチメンタルになってしまって……。
 折角智弘が来てくれたのだから、今の一時を……。彼の声を、ぬくもりを、ほんの一瞬でも見逃さないぐらいに大切にしたいと杏樹は思った。

「クリスマス後で、お客様も少ないし……。明日、と言ってももう時刻は明日だけど……。休んじゃおうかな?」

 杏樹がイタズラっぽい表情で、智弘を見つめた。折角智弘が来てくれたのだ。もっと一緒にいたい……。

「本当? 嬉しいな。いいのかい?」

 頬を紅潮させ、目を輝かせる智弘。

「うん。臨時休業の貼り紙をして来ないといけないわね」
「俺に任せて!!」

 待ってましたとばかりに、智弘は鉄砲玉のようにベッドから飛び出ると、素早くお知らせを書いてパジャマ姿のまま飛び出していった。

「まるで少年みたい。あの素早さはピーターパンだわ」

 その姿がとても愛おしく、ベッドの中から目で追いながら微笑む杏樹。暫くしたら、慌てて舞い戻って来て、ベッドの中に滑り込んできた。

「ふー。流石に一瞬とは言え外は心臓が凍りつきそうに寒かったよ」

 冷えた体で杏樹に抱きつく智弘。

「きゃっ!! 冷たっ!!」
「杏樹の体は温かいなぁ」
「もうっ。こんなに冷えきってしまって……。風邪をひいたら大変よ!! 無鉄砲なんだから。何か羽織って行けばいいのに……」

 そう言って、杏樹は一生懸命智弘の背中を擦った。

「あ〜杏樹の体温は高くて温かいなぁ……。ここに来て、一緒に過ごすうちに、1人で寝るのがとても虚しくて淋しい事を覚えてしまったよ。東京の暮らしは淋しいよ」

 その言葉に杏樹は嬉しくなった。

「私もね……。このベッドが広すぎて落ち着かなくて……それにやっぱり淋しいわ。ここに越してきた時には、1人で自由気ままに清々するわって思っていたのに……」
「お……おいおい」

 慌てふためく智弘を見て、杏樹はフッと笑った。

「今は1人は嫌いだわ」

 その言葉に智弘の目が喜びに輝く。

「良かった〜。ちょっと焦ったよ。あ〜早く戻って来たいな」
「私も!早く戻って来て欲しいわ」

 お互いに目と目を見交わせて、微笑んだ。

「お互いに、今を乗りきって頑張ろう!!」
「ええ。忙しいのに戻って来てくれてありがとう。あなたの顔を見れたら勇気と元気が湧いて来たわ!!」
「俺も!!早く完全に戻って来れるように頑張るからね」
「ええ」


 * * * * *


 クリスマスの2日後。こんな日にクリスマスのホームパーティーを開く人は少ないだろう。
 2人でキッチンに並んで、楽しくお喋りしながらクリスマスのご馳走の準備をした。

 杏樹の作った、切り株型のクリスマスケーキブッシュ・ド・ノエル。切り株の木の質感は、杏樹の指導の元、智弘がフォークを利用してクリームに筋を付け、デコレーションした。
 杏樹が器用にマジパンで作った、サンタクロースやトナカイの人形を飾って、プラスティックのモミの木のピックを刺して出来上がり!ケーキを前に2人で記念写真を写した。
 それから薪ストーブでコトコトじっくり煮たビーフシチューと智弘の作った千切ったレタスが少し大きめのワイルドなグリーンサラダ。ビーフシチューには、サフランライスも添えた。それから智弘が準備したシャンパン。

 外は一面真っ白な雪。そろそろ片付けようかなと思っていたクリスマスの電飾を、今日はライトアップした。
 小さなガーデンハウスの煙突からは、ユラユラと白い煙が上っていた。

「2日後だなんて、かなり貴重なクリスマスパーティーだね」

「そうね……。あなたとここで過ごす初めてのクリスマス。本当はあれこれ思い描いて楽しみにしていたの。結局何のプレゼントの準備もしてなくて、あげられるプレゼントがなくてごめんなさいね」
「そんな事気にするなって!来年まとめて貰うから」

 いたずらっ子の表情をするように戯けて、智弘が笑った。

「まあっ!」

 テーブルにご馳走を並べて、店舗に飾ってあったポインセチアの鉢植えを持って来て、テーブルの上に飾り、クリスマスの雰囲気が出来上がった。

「さ、お姫様。どうぞこの席にお座り下さい」

 智弘が麗々しく椅子を引いて、杏樹をエスコートして席に座らせる。それから向いの席に、智弘も着席。

「まずはご馳走を食べる前に、お姫様にプレゼントがあるんだ」

 嬉しそうにしながら、智弘が隠していた秘密の物を出そうとポケットに手を入れた。

「え? 嬉しいわ……。準備してくれてたの?」
「うん。お姫様これをどうぞ...」

 ポケットから小さな木彫りの宝石箱を取り出し、杏樹に手渡した。

「開けていい?」

 キラキラと目を輝かせる杏樹に、智弘は満足げだ。

「どうぞ! 開けて!!」

 中からは、小さな花のモチーフが横に5つ並んだ木彫りで紐は皮タイプのチョーカーネックレスが出てきた。

「高価なジュエリーじゃなくて申し訳ないんだけれど。本当は、手作りにしようと思って作りかけのものがあるんだが、こんな状況で時間が無くなってしまってね。作ろうと思っていたデザインの物を慌ててオーダーで作ったんだ」
「凄く素敵よ。この花は?」

 チョーカーの花は見た事が無いような形の物だ。杏樹はとても気になった。

「杏の花だよ。杏樹の名前からとって、杏の花にしようと思ったんだ。杏の花ってどんな花かな?と思って調べてみたら、清楚でピンクの可愛らしい花で、杏樹のイメージにピッタリだって思ったよ」
「凄く嬉しい。木彫りの花というのがいいわ。とても優しくて、ナチュラルな感じで……。本当に嬉しいわ」

 自分の名前に因んで、杏の花をモチーフにしてくれたなんて!! 杏樹は感激で胸がいっぱいになった。

「気に入って貰えて良かった!」

 とても喜んでもらえて、智弘も嬉しくてたまらない。

「私もねマフラーと手袋をプレゼントしようと思って編みかけのものがあるのだけれど。とうとう完成出来なかったの。だから、もうちょっと待っててね」

 クリスマスプレゼントが間に合わなかったのはとても悔やまれる。杏樹は申し訳無さそうに、少ししょんぼりしながら言った。

「うん。ずっと待ってるから……楽しみにしてるよ」
「ありがとう」
「俺も、ありがとう」

 2日遅れのクリスマスパーティ。だけど2人で一緒に過ごす事が出来、とても幸せだった。来年は絶対に、イブの日に出来ますように……。

 翌日、智弘は東京に戻って行った。

(第20話に続く)




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