金色の陽と透き通った青空
第22話 引き裂かれる愛
 病室に鷹乃宮千晶が入って来て、杏樹を一睨みし、それから智弘の側に行くと、いきなり泣き出した。

「智弘さん!!本当に心配したのよ。会社の事で忙しく駈け回って、睡眠時間もあまり無い状況なのに、無理して……。事故の事を聞いた時には、本当に心臓が止まってしまうかと思ったわ」
「千晶……。おまえ……よくこんな遠くまで来たな」

 智弘はベッドを起こして、背に枕を当てて上体を起こしてる状態で、包帯を巻いている頭を隠すように、ニット帽をかぶっていた。こう言う姿を千晶に見られたくなかったと、少し苦笑気味の顔をした。

「もう心配で心配で、いてもたってもいられなかったのよ!!」

 智弘に甘えるような色目を使い、まるで自分の物とばかりに主張するように、思わせぶりな態度を杏樹に見せつける千晶。

「それは悪かった!! でも、もう大丈夫だから、そんな心配するなよ。千晶のお父さんにも、大丈夫だと宜しく伝えといてくれ」

 満更でもないような智弘の態度に、杏樹は不快な気持ちになった。

「ええ、それはもちろんよ。総帥も酷くご心配されてるわよ。あなたの代わりに、まだお体も回復されてないのに、ベッドの上から山のような書類に目を通して、あちこちに指示を出したりで……。うちの父も、全面的に協力の準備もあるからと言ってたわ」
「それは助かるよ」

 千晶はちらりと杏樹に目線を送ってから「だけど、今の状況では協力は無理そうだと思うのよ」智弘の手を取って、訴えかけるような目をして言った。

「その話しか……」

 智弘は、杏樹の方を一瞬見てから、千晶を見て、意外な事を口走った。

「なかなか一筋縄で行かない問題だからな。情けないが俺も交渉に苦労している所だから、もう暫く待ってくれ」

 ――――え?!今のはどう言う事?
 杏樹は耳を疑った。まるで離婚を望んでいるが、私が応じないような雰囲気に聞える。

「という事は、期待して待っていてもいいって事?」

 千晶は、あまり期待してなかった話しが、意外な方向に転がってきたので、信じられないような気持ちだった。予期してなかった幸運が突然に舞い込んで来て驚いている感じだ。

「ああ」
「嬉しい〜。夢のようだわ」

 あまりにも嬉しくて、千晶は智弘の首に手を回して抱きついた。

「あいたたた……」

 飛びつかれた智弘は、まだ癒えぬ傷の痛みに飛び上がった。

「あっ。ごめんなさい」

 千晶は慌てて手を離して、ペロッと舌を出して、戯けた顔をした。

 ――――黙って聞いていれば……。杏樹は気分が悪くなってムカムカしてきた。智弘の記憶が断片的に消えて混乱している事をいい事に、人の夫に抱きついて……。それに智弘も智弘よ!!怪我の後遺症だって事も分かるけれど……。それでも悔しい。

「私、別れませんから。千晶さん、智弘は、今は怪我の後遺症で記憶を失ってる状態なの。だから怪我をする前とは全く異なる言葉を言ったりもするけれど、私と智弘はとても仲が良かったし、愛しあってたし、一生共に生きて行こうと誓いあったのよ。だから、別れる事はありませんから」

 怪我人を前に、こんな感情的に大きな声を出して……。と思いながら、心はコントロールが取れなくて、つい興奮してキツイ口調で言ってしまった。

 それを聞いた智弘が、いきなり怒り出した。

「杏樹!! おまえ!! 俺が事故で怪我してる事を利用して、そんな事を言ってるのだろう。俺ははっきり覚えてるぞ!! 確かに初めは総帥から離婚しろと命令されて、命令される事にうんざりして、反発心から離婚届をシュレッダーにかけて処分したが、あの時とは事情が変わったんだ。社の状況が良くないし、なにも持ってないお前と、大きな後ろ盾のある千晶なら、比較にならないだろう。慰謝料は上乗せするから別れてくれ!! 俺は離婚の交渉をしにここまで来たんだ。その途中こんな事になってしまって……。本当についてない!!」

「あなた!! 何を言っているの!!あなたは仕事の合間をみては、ここまで会いに来てくれていたのよ。離婚の為の交渉じゃないわ!!」

「お前が何を企んでるのかは分からないが、兎に角、離婚に応じて貰う。応じないのなら、訴訟しても離婚を勝ち取るからな!!」

 指を差してののしる智弘の姿を見て、杏樹はふと思った。ここにいる人は智弘じゃない!!別の人じゃないかって。
 鬼の様な形相で、怒りで顔を真っ赤にして……。もしこのまま思い出してくれなかったら……。こんな智弘だったら、一緒に過ごしていけるのかな?嫌がる夫にしがみついて、離婚しないで、耐えていける?ふと気弱になってくる。
 ああ……。だけど、ここにいる智弘は、怪我の後遺症で記憶を失って、一時性格が歪んでしまっただけなのよ。失った記憶が目を冷ました時に、私が智弘を見捨ててしまっていたら……。信じてあげれなかったら……。どんなに悲しくて、辛いか……。
 事故に遭ってしまったのも、私のせいでもあるわ。智弘が私を思い出してくれるまで、負けない!!そうよ!!

「どうぞどうぞ!!訴訟でも何でもすればいいわ!!どんな事があったって、私は離婚に応じませんから!!」

 2人の様子を面白そうに見てる千晶と、憎むような表情で杏樹を睨みつける智弘。そして、負けるものかと睨み返す杏樹。
 杏樹は智弘の目を真っ直ぐ見ながら心の中で呟いた。『智弘……。早く私を思い出して!! 私の所に戻って来て!!』

《第23話に続く》







< 22 / 32 >

この作品をシェア

pagetop