空色の瞳にキスを。
「ふっ…。」

くすぐったくて、ナナセは小さく声をあげた。

嫌と言うよりも泣き声を堪え切れなくて漏らしたような声は、二人の間に浮かぶ。

自分が溢した鼻にかかった甘い声音に、伏せられていた空色の瞳が大きく見開かれた。
驚いた顔で目を開けば、闇の中でもはっきりと分かる優しい微笑みが、ナナセの視界いっぱいに広がる。

じわり、頬に熱がまた広がるのを彼女ははっきり感じた。

忙しそうに廊下を駆ける音がどこからか聞こえて、それはふわふわと掴み所のない彼女の心を煽った。

潤んだ水色をルグィンは優しい光を帯びた瞳で見つめる。

いつもより優しいとはいえ、鋭い光は消えない。

だけど、涙で濡れたナナセの頬を撫でる手つきは優しくて、優しくて。



─触れられると火傷、しそう。

そう思うくらいの少し熱めな指先が触れる頬の一部分から、火がつくような熱を覚える。

恥ずかしくて、どうすればいいか分からなくなって。


─こんな気持ち、初めてで。


泣きたくなんかないのに、胸を掻き乱されるような痛みが広がって、また涙で視界が歪む。

ぎゅ、と唇を噛み締めて溢れた涙を拭おうと、ナナセは両手を頬へと伸ばすが手首をルグィンに掴まれた。

やんわりと手首を握られて、直に伝わる熱にナナセは肩を竦める。

「手で擦るなよ、腫れる。」

「─ッ…。」

ルグィンの声にも阻止されて、ゆらゆらと瞳を揺らす彼女。


─でないと、拭えない。

声なく動いた唇に、向かいに座る少年は耳を下げて、目を細めた。

くすり、と笑った笑顔は、いつも見た安心できるものとは違っていた。

ルグィンが、いつもと違う顔をしていた。


「俺が、貰うから。」


掠れたそれが息がかかるほどの耳元で聞こえて、ナナセはまた反射的に目を瞑った。

真っ暗な視覚と、瞼に伝わる独特の感触を伝える触覚。

自分の内から生まれる熱がくすぐったくて銀髪の彼女は身を捩る。


後頭部を大きな手で捕まえて、左手で彼女の手首を握って。

小さく逃げた彼女を知っていて少年は離そうとしない。


彼女が全力で抵抗すれば、離れられる程のそんな優しい束縛だった。

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