空色の瞳にキスを。
手首を握ったルグィンの左手が、そっと頬へと移動する。

じわりじわりと滲む熱が、背中から肩を襲って、どうしようもない熱を彼女の瞳に映し出す。

自分を見つめる切ない金の眼差しが微かに緩んで、また近付いてくる気配がして、逃げるみたいにナナセはそっと目を閉じた。


目尻からつ、と零れた涙をまたルグィンが唇で拾う。

壊れ物を扱うような、そんな仕草になぜかじんわりと胸が痛んで悲しくなる。

泣きたくはないのに目を閉じていると、目の縁から涙が零れ落ちる。


─この涙の訳は、まだ。


「泣くなって…。」


そんな低い声が聞こえて、頬にあった黒猫の左手がゆっくりと頭の後ろへとまわる。


─知りたくない…。


触れられた後頭部が熱を帯びているように感じてしまう苦しさから、またボロボロと涙が伝う。


その雫を彼があの時みたいにひとつひとつを唇で舐めとっていく。

「…やめっ…」

恥ずかしさに今更紡いだそんなか弱い抵抗は、聞こえなかったようにルグィンは続けられる。
唇で触れられた場所が熱を持っていくように、顔が一気に火照る。

誰にも見せられないような二人だけの秘めごとが、馬鹿みたいに心を落ち着かせて、また揺らがせる。

涙の理由はもう薄く知っている。


自分の銀髪が大きな手に梳かれる度に、嫌でも思い知らされる。



その手にどれだけの安心を貰っているのかを。

その手がどれだけ、想いを生んでいるのかを。


彼の存在が、あたしにとってどれだけ大きいのかを。



どれくらい、自分が彼が好きであるかを。


─ううん、もう、好きよりもきっと。

─愛しくて、愛しくて、仕方がない…。

知ってしまえば、馬鹿みたいに愛しさが込み上げてくる。

だけど認めたくなくて、唇を引き結べばしゃっくり上げる声が出ていっこうに涙はおさまらない。

片手でルグィンの服の裾を掴んだまま、もう片方は溢れ出る雫を隠そうとして、微かに声を漏らして泣く。


なぜ泣いているのかはルグィンには分からなかったけれど、それでも自分の目の前で泣く少女が苦しいくらいに愛しくて。

恋に揺れる少年は、涙で濡れた少女の瞳に小さなキスを落とした。

強く優しい愛を込めて。


この少女は、その心を知らない。
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