空色の瞳にキスを。

5.ルイの血

─まだ、じんとした麻痺に似た熱が残っている。


一人、テラスの椅子に腰かけて、熱い体を夜風に晒す。

皆は片付けを終えて寝静まった屋敷で、真夜中に一人空を仰ぐ。

もうここにはあの人はいないのに、熱に浮かされたみたいに、苦しくて。


「まだここにいたのね。」

いつも聞き慣れた強くて明るい声が、戸を開ける軽い音と共に聞こえてくる。

「…スズラン…。」

確かめるために、ナナセは自分に夜を見通す魔法をかけた。

すると急に鮮やかに景色が映って、夜の世界に立つ一人の女もはっきりと見える。
緩く微笑むスズランが近付いてくるのがナナセの淡く光る瞳に映る。

スズランが鼻をすんと鳴らす。

気付いた香りを獅子の少女は表にまだ出さずに、くすりとナナセに笑いかける。

「楽しかった?」

「…うん。」

複雑な色の瞳を隠すように俯き頷く。
それに気付かぬ振りをして、スズランはナナセの座る椅子のちょうど後ろにある壁にもたれる。

「ナコは元気だった?」

栗色の髪は冬の風に揺れる。

「知ってたの?」

「ええ、匂いでね。」

口角だけゆっくりと上げて笑う獅子の少女に、銀髪の少女は目を見て言う。

「いい人、だったよ。」

明るさと暗さが混じった複雑な瞳を見据えて、スズランは困ったように笑う。

「そうでしょ?
…ルグィンから聞いたわ、敵なんだってね。

あの子、突っ走るといつもああなの。

ナナセ、お願い。
いい子だから、助けて。」

スズランが見下ろす伏せた空色が、僅かな光を宿す。

「うん。
だって、ふたりの仲間だもん。」

澄んだ光に秘められた強い、青色。


彼女なら救ってくれそうな気がして、頼んだスズランは微かに笑う。

そして、先程から気になっていた匂いに話を転換する。

「ルグィンの匂いがする。

一緒にいたでしよ。」

獅子の声に、ナナセの白い頬が真っ赤になる。
涙目になった銀髪の少女が空色の瞳をぐらぐらと揺らす。

何かあったことは明白で。


─もう少し分かりにくくなりなさいよ。

スズランはため息を吐きたくなった。

答えが貰えそうにない少女の反応に、スズランは一歩踏み込む。

「何があったの?」

「何にも、ないよ。

なんにも…。」

弱々しく首を振る銀髪の少女に、スズランはばっさりと台詞を吐く。

「嘘ね。

ここは誰にも聞かれない、私の魔術がかかってるから、答えなさいよ。

ルグィンを見る目だけ違って、見るだけで真っ赤になって、どこが違うの。」

全てを見透かされていて、ナナセは恥ずかしさに泣きそうになる。
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