空色の瞳にキスを。
「ねえスズラン、あたしソウレイへ行ってくるね」
ある日昼下がり、ナナセはスズランの執務室に来たかと思うと、唐突にそう告げた。
「いつ?」
手を止めて訊ねたスズランに、ナナセは間髪入れずに返した
「あした。」
お願いごと、という雰囲気ではなかった。
彼女はこういうことをひとりで決めてひとりで行く。そうせざるを得なかったのだろうが、味方が増えた今でもナナセはこうだ。
「貴女ね、そういうことは早く言いなさいよ。貴女のことだから用もなく出て行かないと知っているのだから。」
ナナセもそういうことが苦手だとわかっている。気をつけると頷くほかなかった。
「それで?何をしにいくの?」
そう訊くと明らかに目が泳いだナナセに、スズランは肩をすくめた。
「わかった、聞かないことにする。」
明らかにほっとした顔でスズランを見上げたナナセに、スズランは言葉を重ねた。
「ただし、ルグィンを連れて行って。」
「それは――」
うんと言わないナナセにスズランは彼女の言葉にかぶせて続けた。
「貴女はここに居ることを知られているのよ。追われるのがわかっていて、ひとりにする訳無いでしょう。」
アズキやトーヤは軍から自分たちが逃亡させた。アズキやトーヤは戦闘訓練を受けてきた訳ではない、ただの一般人だ。スズランはここを離れる訳にはいかない。ルグィン以外に頼む人間がいないこともよくわかっているけれど、最近のこともあってなんとなくルグィンに頼むのは気が引けた。
「まあ、貴女があいつの前で居心地が悪いのも知っているのだけれど、そういうことに構っていられないの。誰にも助けてもらえないよりはずっといいはずよ。」
ナナセもそうだとわかっている。でも、でも、とどうしようもない感情が胸を駆け抜ける。
「じゃあ、デートということにしましょうか。」
「――デ!?」
不意を突かれた。その言葉の意味は知っている。
「ちゃんと誘っておくのよ。」
去りゆくスズランの背中を、反論できずにナナセは見送った。
「しまった、負けてしまった……」
引き下がる相手はすでに執務室から消えていた。
また雪がすこし降った。外を見ると、ここに初めて来たときには見えていた庭がすっかり白かった。今日はアズキがとっておきのお茶を入れてくれるらしい。ふたりでキッチンに立つこの瞬間が、ナナセはなんとなく好きだった。
「あたし、すこし出かけてくるね。」
何の気ない世間話みたいに、ナナセが急に切り出した。突然のことにアズキはいささか動揺する。
「――どこに?」
「ソウレイの居る場所に。」
「あの龍?」
うん、と頷いたナナセに、アズキが首を傾げた。
「今外に出たら危ないんでしょう?私もそうだし、ナナセだって危ないんでしょう?」
そうなんだけど、とナナセは困ったように笑った。
「たぶんこの春、あたしはたくさん、彼を喚ぶわ。だから、魔力を捧げてくる。」
はっとした顔でナナセを見上げたアズキに、ナナセは壁に視線を逃がした。
「それって、ソウレイはナナセの使い魔ではないってこと?」
「だから、ソウレイは古い龍だから使い魔って呼ぶと怒るよ。縁があって、あたしに力を貸してくれている龍だよ。」
「ふーん……。」
縁があって、という言葉に、ナナセの顔が少し陰った。ああ、あまり楽しい縁ではないのだなと、アズキはこれ以上聞くのをやめた。
次の日起きた頃には彼らは居なかった。定めを背負う彼女が、無事に帰ってくることをアズキは祈るしかなかった。
ある日昼下がり、ナナセはスズランの執務室に来たかと思うと、唐突にそう告げた。
「いつ?」
手を止めて訊ねたスズランに、ナナセは間髪入れずに返した
「あした。」
お願いごと、という雰囲気ではなかった。
彼女はこういうことをひとりで決めてひとりで行く。そうせざるを得なかったのだろうが、味方が増えた今でもナナセはこうだ。
「貴女ね、そういうことは早く言いなさいよ。貴女のことだから用もなく出て行かないと知っているのだから。」
ナナセもそういうことが苦手だとわかっている。気をつけると頷くほかなかった。
「それで?何をしにいくの?」
そう訊くと明らかに目が泳いだナナセに、スズランは肩をすくめた。
「わかった、聞かないことにする。」
明らかにほっとした顔でスズランを見上げたナナセに、スズランは言葉を重ねた。
「ただし、ルグィンを連れて行って。」
「それは――」
うんと言わないナナセにスズランは彼女の言葉にかぶせて続けた。
「貴女はここに居ることを知られているのよ。追われるのがわかっていて、ひとりにする訳無いでしょう。」
アズキやトーヤは軍から自分たちが逃亡させた。アズキやトーヤは戦闘訓練を受けてきた訳ではない、ただの一般人だ。スズランはここを離れる訳にはいかない。ルグィン以外に頼む人間がいないこともよくわかっているけれど、最近のこともあってなんとなくルグィンに頼むのは気が引けた。
「まあ、貴女があいつの前で居心地が悪いのも知っているのだけれど、そういうことに構っていられないの。誰にも助けてもらえないよりはずっといいはずよ。」
ナナセもそうだとわかっている。でも、でも、とどうしようもない感情が胸を駆け抜ける。
「じゃあ、デートということにしましょうか。」
「――デ!?」
不意を突かれた。その言葉の意味は知っている。
「ちゃんと誘っておくのよ。」
去りゆくスズランの背中を、反論できずにナナセは見送った。
「しまった、負けてしまった……」
引き下がる相手はすでに執務室から消えていた。
また雪がすこし降った。外を見ると、ここに初めて来たときには見えていた庭がすっかり白かった。今日はアズキがとっておきのお茶を入れてくれるらしい。ふたりでキッチンに立つこの瞬間が、ナナセはなんとなく好きだった。
「あたし、すこし出かけてくるね。」
何の気ない世間話みたいに、ナナセが急に切り出した。突然のことにアズキはいささか動揺する。
「――どこに?」
「ソウレイの居る場所に。」
「あの龍?」
うん、と頷いたナナセに、アズキが首を傾げた。
「今外に出たら危ないんでしょう?私もそうだし、ナナセだって危ないんでしょう?」
そうなんだけど、とナナセは困ったように笑った。
「たぶんこの春、あたしはたくさん、彼を喚ぶわ。だから、魔力を捧げてくる。」
はっとした顔でナナセを見上げたアズキに、ナナセは壁に視線を逃がした。
「それって、ソウレイはナナセの使い魔ではないってこと?」
「だから、ソウレイは古い龍だから使い魔って呼ぶと怒るよ。縁があって、あたしに力を貸してくれている龍だよ。」
「ふーん……。」
縁があって、という言葉に、ナナセの顔が少し陰った。ああ、あまり楽しい縁ではないのだなと、アズキはこれ以上聞くのをやめた。
次の日起きた頃には彼らは居なかった。定めを背負う彼女が、無事に帰ってくることをアズキは祈るしかなかった。