空色の瞳にキスを。
ナイフの柄がコルタの指先から離れ、切っ先がナナセの方を向いて飛んでいく。切っ先は鈍い銀色をまわりの人に見せつけながら、たった数歩先のナナセへと向かう。

ナナセは薄く硬い盾の魔術で体を包み込んだ。銀髪が淡く魔力の空色を映し出す。
全てがゆっくりのスローモーションのように見えた。それはほんの一瞬──たった一秒、二秒のこと。

ナナセに向けられたナイフは盾に当たり、カラリと乾いた音と共に床に落ちるはずだった。けれどナイフは床に落ちることなく、落下音もない。投げた当人であるコルタも、ここにいる全員が声をなくした。

視線の先にいるのは、痛みを必死でこらえるアズキ。ゆっくりとその体が崩れ落ちる様子に、ナナセは我に返った。

「……──ア、アズキ!」

アズキに駆け寄って、その場で座りこんだ。アズキは左腹に深くナイフが刺さっている。

「何してるのアズキ、アズキ……。」

手を差し出して、傷に障らないように仰向けに寝かせた。

「だって、ナナセがナイフ、お父さんに、投げられてたんだもん……。ナナセが刺されて……死んでほしくなかった……。」

ポツリとそう呟きを落としたアズキに、胸が痛くなってしょうがなくて。

「あたしは魔術で護れるのに……アズキ……ごめん……。」

友達思いの親友を持ったことに、ナナセは悔やんだ。嬉しいのに、とても切なかった。

「あたしなら……だ、いじょぶ、だよ……。」

こふっ、と血を吐いてアズキはそう言うが、その顔は焦点が合わずもう意識が朦朧としているのかも知れない。ナイフが腹に刺さっている時点で痛みは生半可なものではないだろうし、出血も酷い。

血を吐いて笑う姿はどうしても、ナナセは父と重ねてしまう。眼に溜まった大粒の涙を必死でこらえながら、次の言葉を紡ぎ出そうと口を開いた。

「──アズキに触れるな。」

頭上から低い声がした。

「どういう……こと、ですか?」

そう尋ねる声は、思ったよりも掠れていた。

「言葉通りだ。お前が近くにいると、アズキが危なくなる。だから、触れるな。近寄るな。」

あんまりだ、とナナセは思った。

「コルタ!あなた、自分であの子を刺したも同然なのよ!なのに、ナナセ王女にそんな仕打ち!それに、アズキを治せるのはここでは王女さましかいないのよ!?」

魔術が使えるこの世界といえども、これほどまで魔術に長けた人は決して多くない。この街でも、ハルカは唯一の魔術医師だった。

「……王女に洗脳された娘なんて、俺の子じゃない。」
「コルタ!」

エリの声が震えている。コルタは口ではそう言っているが、思っていないのはすぐに分かる。ナナセを睨む瞳が揺れていた。

だけど、ナナセもコルタを許せはしなかった。だからこっそりもう意識のないアズキに触れた。魔術をかける時は必ず輝く瞳を閉じて、そっと呪(まじな)いを呟いた。また目を開いたときには、進展は何も無く、エリが声を震わせてコルタを責めていた。皆がその言い争いに気をとられていたようで、ナナセを見ている人はいなかったらしい。
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