空色の瞳にキスを。
「……おやおや。何か騒がしいと思えばナナセ王女、明かしてしまったのか。」

この状況の中でも落ち着いた物言いで、廊下からそっと入ってきたサラに、視線が集まった。サラはちらりと倒れるアズキを見て、ナナセを見詰める。ナナセはその視線から逃れて、アズキの隣からすくっと立ち上がった。

「この町から出ていきます。今後一切、アズキとトーヤに関わりません。」

それはトーヤが関わってきたナナセではなかった。賞金首のナナセ王女らしく、アズキに背を向けた。

「ナナセ……。」
「アズキさんは腹から出血がひどいです。科学医師に見せても見放されるでしょうから、魔術医師を呼んだ方がいいです。」

的確な指示は、ナナセがアズキを救う意思がないという意思表示でもあり、エリはナナセの肩を掴んだ。

「アズキを治してやって!お願い!あなたしかいないの!」

肩に乗せられたエリの両手をやんわりと払い落とし、ナナセは冷たく言い放つ。

「あたしの他にも魔術医師はいます。早く医師を呼んだ方がいいと思いますよ。」
「ナナセっ!」
「何?トーヤくん。」

階段の方に向けていたナナセの左手に、二階にあったナナセの鞄が飛んでくる。

「アズキを……」
言い澱んだ少年から躊躇いなく視線を外し、鞄を左肩にかけてすらすらと冷たい言葉を連ねる。

「今までありがとうございました。短い間でしたけど、楽しかったです。
アズキさんが助かることを、祈ってます。」

エリに背を向け、ドアの近くににいたサラの横をすたすたと歩いて、扉に手をかけた。

「お前さんは優しいね。アズキを助けてくれてありがとう。」
サラの横を通り過ぎる瞬間、彼女が口にしたその言葉にナナセは動揺を誘われた。それを必死に隠して笑みを見せた。

「なんのことでしょうか?」

サラは全て知っているような口ぶりで、穏やかに笑った。

「いつでも戻っておいで。元気でな。」
「おばあさんも、元気で。」

訳知りが一人居れば十分だろうと言い聞かせて迷いを断ち切る。扉の閉まる音が、やさしい世界と自分を隔絶したように思えてしまう。

裏切られるのには、慣れている。そう自分に言い聞かせて、夜の空へと身を投げた。魔術で地面から離れた直後に、家の扉が開いた。扉の音に振り返り、夜の闇に映える青い瞳が、トーヤを捕らえる。

「「あっ……。」」

どちらも小さな呟きが漏れる。
その身に魔を宿さないトーヤは、彼女を追う術を持たない。
振り向きはしても、ナナセは止まらず距離がだんだんと開いていく。そんな彼女に、たまらず叫んだ。

「──ナナセー!!」

続いて出てきたエリとふたりでナナセの姿を探す。

「もう、行っちゃった……。治してよ、ハルカー!」

遠くに霞んで見えなくなった彼女の名を、トーヤは何度も呼んだ。返事はなく、声が枯れるだけだった。

「ナナセ……」

トーヤが空を見つめたまま立っていると、コルタがよろよろとやって来た。

「……悪かった。娘を、刺してしまった、殺してしまった……。」
「何を言ってるの!アズキは絶対死なせないわ!友達の為に身を投げ出せる優しい子。魔術医師を探しましょ!」

エリが決意を秘めて、コルタを叱咤した。

「あの子はそう簡単には死なないよ。」

コルタの後ろから出てきたサラはそう呟いた。昔からサラは不思議な人だった。そんなサラの言葉を信じて、エリは夜道へ駆け出した。

ほどなくして、エリの視線の先の道から人が見えた。暗くて見えなかったが、それは若い男二人だった。服装は長い旅行用のマント、闇色のズボン。二人ともフードを被っているので顔は見えない。

ナナセのようにどこか掴めない、そんな雰囲気をしていた。平民らしくなくて、魔術師の雰囲気を漂わせている彼らの一人が、ゆっくりとした低い声で話しかけた。

「なにか、お困りですか?」

金色の髪が印象的な、魔術医師だった。
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