空色の瞳にキスを。
サシガネとトキワは用事があったのか途中の廊下のどこかの部屋に入っていった。スズラン曰く、『大事な商談』だそうだ。

まだ痛みに慣れない体を動かして、台所を目指して歩く。廊下は相変わらずの絨毯が敷いてあって、この建物の豪華さを窺わせる。

スズランがひとつの赤い扉の前で立ち止まった。扉を開けたスズランに続いて、中を覗きこんだナナセは驚いた。そこではたくさんの料理人達が忙しく働いている厨房だった。

「え?」

場違いすぎる自分に、入り口で動けなくなった。

「びっくりした?」

先を行くスズランが振り返って妖しい笑みを浮かべる。悪戯好きな子供のような光に、ナナセは気付いた。
その振る舞いに、ナナセはとるべき距離を見失う。

「あ、……うん。」
「水の為に来たのではないでしょ?」
「そうよ。水ならどこにでもあるもの。なんならあの部屋にだってあったわ。」
「ひどいね、スズランさん。」

きっと彼女は自分を気晴らしに連れてきてくれたのだ。こんな人に出会ったことがないから確証は無いけれどなんとなく、そんな気がした。

彼女なりにおどけて見せたナナセにスズランは笑って近くの料理人に言いつけて水を持ってこさせた。部屋の端でわざわざ厨房に来てまで貰った水を頂く。二人は壁にもたれ掛かって、一息つく。

「嘘、吐かせたわね。」

厨房の喧騒の中で落ちた呟きに、ナナセはきょとんと獅子を見上げた。まっすぐな青に、獅子は視線を逃がした。

「名前を偽らせてごめん。」
「……大丈夫。もう、慣れたから。」

なんでもないように笑うのは、まだまだ下手だ。スズランが悲しい瞳で見ていることに、ナナセは気付かない振りをする。つとめて笑って、ご馳走さまと言った。

廊下ではルグィンが壁にもたれて待っていた。出てきた二人に気付くと腕を組んだまま、伏せていた目をちょっと上げて見せた。そのままルグィンがじっとナナセを見た。ナナセはどうしてか視線に負けて俯いた。

すぐに歩き始めたスズランを追う。いつしか彼が追い付いて、二人に挟まれて部屋へと歩く。右にスズラン、左にルグィン。ピンと張った二人の気配に、これはもしかして守られているのだろうかと、ふと気が付いた。それは久しくなかったこと。それに、三人という数はどうしたってあの二人を思い出してしまう。アズキの花みたいな優しい笑顔、トーヤのやけに詳しい噂話。

「ユリナ?」

スズランに顔を覗き込まれてやっと我に返った。まだぼんやりと彼女はごめんと謝った。

「何か考えてたの?」

明るい空色の瞳に影が差す。また悲しげに口元を歪めて笑った。

「うん……ちょっとね。」

──ちょっとだけ、ちょっとだけ、あの子達のことを。

本当は痛くて仕方がない心を、押し留めて平気を装うと、ふたりはそれ以上尋ねてくることはしなかった。

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