空色の瞳にキスを。
次の日から、ナナセはよく笑うようになった。
人形のように無理矢理笑っているのではない。
確かに悲しい瞳はするけれど、時々、本当に嬉しそうに笑うのだ。
笑う回数が日ごとに増えていくという少女の心が生き返るような時間を、スズランは不思議なものを見るような面持ちで見ていた。
最近ずっと引きこもっていたのに、彼女はスズランやルグィンと共に外へと接触する事が増えた。
まだ変化の魔術を使えない彼女を考えて、連れ出すのは人が少ない場所ではあるが。
包帯だってとれていない、魔術も十分使えない体で、たくさんのものに出会い、笑う。ひとりの力であんなに変われるものなのかと、スズランは驚いていた。
秋の深まる昼下がりに、久し振りにスズランはナナセの部屋でふたりきりだった。日向ぼっこをするために日光の当たる窓際に座っているナナセと、奥で机に向かい書き物をしているスズランの間には会話は無かった。かといって重い空気ではなくて、ただ静かだった。
また無理に動くと屋敷の主人に叱られてしまうのナナセは窓際に置いてある小さな草花の苗を眺めている。
その背中に顔をあげたスズランは問いかけた。
「アズキとトーヤのことはもういいの?そんなに楽しそうにしていて、罪悪感は感じないの?」
ナナセの動きがびくりと止まった。ゆっくりと花の鉢を置いて、振り向き口を開く。
「良くないよ。治ったら必ず探しに行く。謝りに行く。
……何かあったなら、助けに行く。」
スズランを真っ直ぐに見据える瞳の中には、決意の光。そこにはもう、迷いはなかった。
言葉を選びながら、ナナセは真っ直ぐにスズランを見据えて口を開いた。
「笑うことには罪悪感は感じるよ。
けれど、思い悩んでいるのは、もっと駄目だと思うの。動かなきゃなんにも変わらない気がするの。助けに行くにはあたしが元気で強くあらないと。魔力がちゃんと使えないと、ね。」
ナナセは自分の思いを吐き出したからか、困ったような照れ笑いで誤魔化した。目を合わせていたスズランの瞳がナナセから逃げた。
「そう。それならいいわ。貴女がちゃんと決意して笑うのならね。」
スズランは目を伏せて笑った。その静かな笑みには理由があるのか、ナナセには分からなかった。それでも、スズランの声が優しかったから、頷いた。
「うん。……もう泣かない。もう、迷わない。」
決めたの、と笑って誤魔化したその中に、彼女の強い決意が獅子の少女には透けて見えた。ナナセは袖から包帯が覗く右腕で、窓ガラスに手を添えて窓の外に視線を逃がした。
ナナセはふたりには助けられてばかりだ、とまた思った。ありがとうがなかなか音にできないけれど、心の中は感謝でいっぱいだ。
「ねぇ、そう思えたのは、ナナセが笑えたのはルグィンのお陰?」
スズランの小さな笑い声も聞こえた。驚いて振り向いて真意を探るけれど、ナナセには分からない。
「うん。」
照れたような柔らかい笑みに、獅子がそっと笑みを深めた。
人形のように無理矢理笑っているのではない。
確かに悲しい瞳はするけれど、時々、本当に嬉しそうに笑うのだ。
笑う回数が日ごとに増えていくという少女の心が生き返るような時間を、スズランは不思議なものを見るような面持ちで見ていた。
最近ずっと引きこもっていたのに、彼女はスズランやルグィンと共に外へと接触する事が増えた。
まだ変化の魔術を使えない彼女を考えて、連れ出すのは人が少ない場所ではあるが。
包帯だってとれていない、魔術も十分使えない体で、たくさんのものに出会い、笑う。ひとりの力であんなに変われるものなのかと、スズランは驚いていた。
秋の深まる昼下がりに、久し振りにスズランはナナセの部屋でふたりきりだった。日向ぼっこをするために日光の当たる窓際に座っているナナセと、奥で机に向かい書き物をしているスズランの間には会話は無かった。かといって重い空気ではなくて、ただ静かだった。
また無理に動くと屋敷の主人に叱られてしまうのナナセは窓際に置いてある小さな草花の苗を眺めている。
その背中に顔をあげたスズランは問いかけた。
「アズキとトーヤのことはもういいの?そんなに楽しそうにしていて、罪悪感は感じないの?」
ナナセの動きがびくりと止まった。ゆっくりと花の鉢を置いて、振り向き口を開く。
「良くないよ。治ったら必ず探しに行く。謝りに行く。
……何かあったなら、助けに行く。」
スズランを真っ直ぐに見据える瞳の中には、決意の光。そこにはもう、迷いはなかった。
言葉を選びながら、ナナセは真っ直ぐにスズランを見据えて口を開いた。
「笑うことには罪悪感は感じるよ。
けれど、思い悩んでいるのは、もっと駄目だと思うの。動かなきゃなんにも変わらない気がするの。助けに行くにはあたしが元気で強くあらないと。魔力がちゃんと使えないと、ね。」
ナナセは自分の思いを吐き出したからか、困ったような照れ笑いで誤魔化した。目を合わせていたスズランの瞳がナナセから逃げた。
「そう。それならいいわ。貴女がちゃんと決意して笑うのならね。」
スズランは目を伏せて笑った。その静かな笑みには理由があるのか、ナナセには分からなかった。それでも、スズランの声が優しかったから、頷いた。
「うん。……もう泣かない。もう、迷わない。」
決めたの、と笑って誤魔化したその中に、彼女の強い決意が獅子の少女には透けて見えた。ナナセは袖から包帯が覗く右腕で、窓ガラスに手を添えて窓の外に視線を逃がした。
ナナセはふたりには助けられてばかりだ、とまた思った。ありがとうがなかなか音にできないけれど、心の中は感謝でいっぱいだ。
「ねぇ、そう思えたのは、ナナセが笑えたのはルグィンのお陰?」
スズランの小さな笑い声も聞こえた。驚いて振り向いて真意を探るけれど、ナナセには分からない。
「うん。」
照れたような柔らかい笑みに、獅子がそっと笑みを深めた。