空色の瞳にキスを。
霧が深くおりた朝に、銀色の光がきらきらと舞う。

屋敷の庭でたん、たん、と煉瓦を蹴る単調な靴音が静かな空気に響く。微かな日の光を浴びて輝く朝露の滴に、銀が映り込む。

銀の源の少女は、少し浮いては地面に落ちて、浮いては落ちての繰り返しをしている。
魔術師としての感覚を取り戻すには、まだ時間がかかりそうだ。
彼女は国でも指折りの魔術量を持って産まれた人間である。しかし魔力を使い果たすと、勿論他の魔術師と同じように回復に時間がかかる。魔術を使えない時期があれば感覚が鈍るから、使い果たすのは好まれない。

端から見れば、なんて馬鹿なことをときっと笑われるだろう。けれど、彼女は人のために使い果たしたことを、恥じてはいなかった。
それでも使うタイミングが悪くて、そのためにアズキたちへ会いに向かうのが遅れてしまうことが歯痒かった。もう屋敷に来てから三週間経っている。
スズランの医療魔術のお陰もあり、浅い傷は完治した。随分と自由が利くようになってきたが、まだ包帯が外せない。

服の袖から傷跡にまた焦りを感じて、空を見上げた。

「よし、もう一回。」

呟くと彼女から、青い光が生まれた。足先に魔力をためて、一気に組み上げて放出する。あれだけ何の気なしにできていた飛行魔術が今はとても難しい。

ぐらつきながら、ナナセは昨日より高く浮かぶ。

「やった……!」

それでもまたひとつ、またできるようになった。
喜色いっぱいに地面に降り立ち、もう一度と庭の木を見上げたとき、後ろから突然腕を掴まれた。

「わっ、」

「またお前は。」

呆れ半分に呟いた黒猫に、ナナセはへらりと笑った。

ルグィンとスズランの二人の目を盗んで、ナナセは時折外へ出るようになった。危ないからとふたりは止めるが、ナナセはそれでも感覚回復の為に外に出るのをやめない。

見つかってしまったら仕方がないと、ナナセはルグィンとともに歩いてスズランの屋敷へと戻る。
重い玄関扉を開けながら、黒猫はちらりとナナセを睨んだ。

「どうして外に出た。危ないだろ。」

「人がいないのはちゃんと確かめたよ。」

僅かに足掻いたナナセに、ルグィンは鋭い目を寄越す。

「そういうことではないだろ。」

「そうだけれど……」

言い澱むのは、納得していないとばれてしまう。けれど、これは譲りたくない。

「お前まだ魔力を食う魔術が使えないらしいじゃないか。変化の魔術も使えないんだろ。」

「けれど、早くアズキ達の所へいきたいから。早く魔術を使えるようになりたいもの。」

その心は譲れないらしい。ナナセはまっすぐ廊下の先を見つめていた。
その仕草に焦りが透けて見えた彼は、目を伏せてため息をついた。
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