空色の瞳にキスを。
「ユリナ!」

唐突に後ろから聞こえた自分の偽りの名に、ユリナは肩を跳ね上げて振り返った。そこにいたのは両手を震わせて仁王立ちする屋敷の主。

「あ、スズラン……。」

獅子の少女の強い視線にユリナは目を逸らす。床が映るユリナの視界に、革のブーツが映る。

「心配したじゃない……!」

その言葉と共に、スズランにユリナは抱き締められる。服を通して伝わる温度があたたかかった。きつく抱き締められているはずなのに、ひどく優しく感じる。

「私、訓練室の後ろから見てたのよ?
ユリナはいつだって馬鹿ばかりする!

朝だってそう!危ないじゃない!!」

「うん……。」

わずかに震えた獅子の声にユリナはどうしていいか分からなくて、彼女の背中に躊躇いがちに手を回した。

スズランが感傷的になっているのを、見たのは初めてだった。
彼らが心を傾けてくれるから、ユリナ──ナナセは自然と心を許してしまう。

──心を許してはいけないのに。

──別れが辛くなるだけなのに。

──裏切られたとき上手くいかないのは自分なのに。


それでもナナセの本心が、ルグィンやスズランをどうしようもなく信頼し始めていると、彼女はもう気付いていた。
正体を知ってなお、隣にいてくれる二人に心を開きかけている自分に、ナナセは戸惑っていた。
これからどうすればいいのか分からなかった。

──突き放せばいいのか、このまま心を預けてしまうのか。

心は人を信じたいと泣き叫ぶ。
理性は人を許すなと警鐘を打つ。

けれどもまだもう少しこの関係でいたいと、ナナセはどちらの心の声にも耳を塞いだ。心のざわめきを隠して、獅子を見上げて淡く笑う。

「ごめんね。心配してくれてありがとう。」

これだけ心配したのにユリナが穏やかに笑うから、スズランはむちゃくちゃに抱き締めて、次は気を付けろと釘を差した。

それさえまるではじめてみたいに嬉しげに笑うユリナに、スズランはあきれて笑った。


ナナセの自室へ入って、スズランはナナセを振り返った。

「怪我は自分で治したのよね?」
「うん。どうして?」

首をかしげたユリナに、訝しげな目でスズランが振り返った。

「どうしてって……貴女、訓練室で魔力使ったのに魔力増えていない?」

スズランも腕の良い魔術師だ。魔力の増減くらいは分かる。
しかしユリナも思うところがなくて、スズランの言葉に首をかしげていた。けれどしばらくしてふわりと笑って、ナナセは胸に片手を当てた。

「多分……ソウレイの贈り物だ。あたしの魔力を増やしてくれたのかな。」
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