碧い月夜の夢
 もうすぐ衣替えの季節で、サヤカは既にタンクトップを着ている。

 スレンダーな身体の癖に、肉が付くべき場所にはちゃんとついていて、カールがかった長い髪の毛は、落ち着いた栗色。

 ファッションに興味があるだけに、タンクトップの着こなしも、格好良さの中に華やかさを備えた…そんな感じである。

 どこを見ても貧相な凛々子とは、大違いだ。

 だが、凛々子はこの夏も、半袖を着る気はない。

 その理由を知っているサヤカも、敢えてこの話題に触れようとはしなかった。

 その代わり、この喫茶店の二人のイケメン店員にメロメロだったが。



「ちょっと、失礼だよサヤカ」



 あまりに不躾に店員に見とれているサヤカに注意すると、料理を運んで来ようとするウエイターの眼鏡と視線が合った。

 眼鏡のウエイターはにっこりと笑って、注文したシーフードドリアのセットをテーブルに並べながら軽く会釈をする。

 つられて思わず笑顔を返してしまう凛々子。



「ぜぇったいにアホ丸出しだわ、あたし達」



 にこやかに店員が去った後、凛々子はうなだれる。

 サヤカはともかく、自分までこんなチャラチャラした人間だと思われたくなかった。



「そんな事ないよ。かっこいい上に性格も優しいんだからね、ここの店員さんは」



 一回も会話をしたことがないのに、どうして性格まで分かってしまうのだろう。

 すっかり色気づいているこの女には、もう何を言ってもムダだ。

 それよりも、冷めないうちにこの美味しいと評判のシーフードドリアを堪能してしまわなくては。

 そう思ってフォークを持ち上げた時、ズキンと頭が痛む 。

 凛々子は思わず、こめかみを押さえた。



「どうしたの、凛々子。舌でも噛んだ?」



 ……全く。

 この万年常夏女を誰か何とかしてくれ、と、凛々子は真剣に思う。

 そう言えば、ここ最近、変わった事がひとつだけあった。

 1ヶ月前にアパートに引っ越してから、ずっとこの変な頭痛に悩まされている。

 頭全体をガンガン叩かれているような、酷い頭痛。

 仕事中、動けなくなる時だってある。

 しばらく目を閉じて、凛々子はじっと耐える。

 少し治まってきた所で軽く息を吐くと、凛々子はシーフードドリアを口に運んだ。
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