親友を好きな彼
「雨~?」
今日一日、夜を心待ちにして仕事をこなしたというのに、会社を出た時には無情にも雨が降っていた。
正面玄関で夜空を見上げて途方に暮れていると、
「雪よりマシじゃねえ?」
と、聡士が声をかけてきた。
「そ、聡士!?」
思わず振り向くと、不愉快そうな顔をされてしまった。
「何で、そんなに驚くんだよ」
「別に。それより、聡士も帰りなの?」
昨日、あんな捨て台詞を吐いた手前、今日は挨拶以外の会話はしなかったのだ。
「ああ、今から帰り。傘がないなら、送っていこうか?俺、車だし。大翔の家でもどこでも行くよ」
「ありがと…。だけど、今夜は…」
見られたくない。
大翔にも、聡士にもどちらにも…。
「今夜は何?都合悪いのか?」
「大翔と約束してるの。ご飯を食べに行くって」
ボソボソと答えると、聡士は表情一つ変えずに言ったのだった。
「じゃあ、そこまで送っていくよ。濡れて行っても仕方ないだろ?」
「え?でも…」
「大翔にはちゃんと説明するから、グダグダ言わずに乗れよ」
聡士は強引に腕を掴むと、会社のビルに併設されている立体駐車場へと向かったのだった。
関わらないと決めれば近づいてきて、優しいかと思えば突き放されたり…。
聡士といると、わけが分からない。
何を思っているのか、そして私は聡士をどう思うのか。
全然分からなくなってくる。
車を出すとすぐに、乱暴に私を車に押し込んだ。
「どこへ行けばいい?」
エンジンをかけながら、聡士はぶっきらぼうに言う。
「時計の下。駅前のイタリアンのお店の前にある」
「ああ、あそこか。そこで食事?」
「ううん。場所は別の所なの。大翔が、仕事で取引のあるお勧めのフレンチのお店があるからって」
「へぇ。あいつらしいな」
車を走らせながら、聡士はそう言ったきり黙った。
本当は、私がイタリアンを嫌だと言ったから、フレンチのお店になったのだ。
イタリアンといえば、聡士と一香を思い出してしまうから。
待ち合わせにしたのは、単に目印が分かり易いからだった。
「それにしても、雨がヒドイな」
聡士の言う通り、ワイパーをフルにまわしても雨粒で視界が悪い。
「うん…」
何だか、神様に行くなと言われているみたいで落ち込みそう。
そんな事を考えていると、車は10分足らずで、待ち合わせの駅前へ着いた。
「大翔、まだ来てないんじゃねえ?」
「うん。そうみたい」
車から見える範囲では、大翔らしき姿はない。
といっても、傘をさしている人ばかりだから、顔がはっきりと見えない。
「電話してみたら?待ち合わせ時間って何時なんだよ」
「19時なの。電話してみるわ」
約束から10分遅れているのだから、もしかして大翔もどこかで雨宿りをしているのかもしれない。
今朝は、お互い傘を持って出なかったからだ。
だけど携帯をコールしても、大翔はなかなか出てくれない。
「おかしいなぁ。まだ、仕事なのかな?」
留守電になったところで、電話を切った。
「出ないのか?」
「うん…」
まさか、約束を破る様な人ではないし…。
そう思うのに、嫌な予感が頭を巡る。
「聡士、ここまでありがとう。私は、どこかで雨宿りをして、大翔を待つことにするから」
「雨宿りって?どこでするんだよ」
「う~ん。お店にでも入っておくわ」
これ以上、付き合わすわけにはいかないし。
きっと仕事が長引いているのよ。
そう言い聞かせてシートベルトを外そうとすると、その手を聡士に止められた。
「待てって。俺は別に用がないんだ。大翔が来るまで付き合うから」
「でも、悪いよ」
「いいって。それより、仕事場に連絡するか?」
仕事場か…。そうしたいけれど、さすがにマズイ気がする。
「やっぱり、仕事場は怒られそうよ」
「大丈夫だよ。俺たちは取引相手だぜ?会社の名前を出せよ」
「あっ、そうか。そうすればいいのよね」
さすが聡士。
こういう事は、すぐにひらめくんだわ。
なんて、感心しながら大翔の職場へ電話をすると、感じのいい女性が出てきた。
「尾崎さんは、いらっしゃいますか?」
普段なら、電話くらいで緊張なんてしないのに、今は手が震えそうなくらい緊張している。
「申し訳ありません。尾崎なら、もうすでに帰社しております」
「え?帰った?どれくらい前ですか?」
「1時間ほど前です」
嘘…。
1時間も前に終わったなら、待ち合わせには余裕で間に合うはず…。
丁寧にお礼を言って電話を切ると、茫然としてしまった。
大翔、どこにいるの?