親友を好きな彼


一香が好きなら、自分の力で振り向かせなさいよね。

悶々としながら大翔の家に着いた時には、大翔はもう戻ってきていた。

ルームウエアに着替えて、すっかりくつろいでソファーでお酒を飲んでいる。

「お疲れ様由衣。何か嫌な事でもあった?」

「え?何で?」

「だって、眉間にシワが寄ってる」

大翔は苦笑いをしながら、指差した。

とっさに眉間を手で隠し、大翔の隣に座る。

「ちょっとね、聡士とケンカみたいになっちゃった」

「聡士と?」

「うん。いろいろムカつく事があるのよね」

ケンカという表現もおかしいけれど、これが一番自然だ。

それに、大翔には聡士の話題をすることに決めたのだった。

毎日顔を合わせるわけだし、”みんなで会う仲間の一人”なわけだし、話題に出さない方が不自然だと思ったからだ。

「そうか。だけど、二人には大きなプロジェクトが待ってるんだから、仲よくしておけよ?」

「そうだよねぇ。それが終われば…」

頻繁に二人きりになる事もないんだ。

普段はお互い外回りだし、そのうち席替えなんかもあるかもしれない。

こんな風に近くに感じるのは、今だけなのかも…。

「どうしたんだよ。途中で黙り込んで」

大翔に話しかけられ、我に返る。

「ううん。何でもない。お風呂に入ってくるね」

逃げるようにバスルームへ向かう。

バカな私。一瞬寂しいと思うなんて。

プロジェクトが終われば、せいせいするわ。

本当に何もかもが終わるのだから。

一香たちとの飲み会も、その内なくなっていくだろうし。

温かい湯船に浸かり、今日一日の疲れを取ろう。

と思った時、洗面台にクレンジングを忘れた事に気づいた。

新しい物に取り替えようと、準備だけをしておいたのだ。

「寒い」

ドアを開け、バスタオルを簡単に羽織り、クレンジングに手を伸ばした時、

「一香…」

大翔の声が聞こえた。

一香?

思わず洗面所から聞き耳を立てると、部屋で電話をしているらしく、話す声が聞こえてきた。

「どうしたんだよ。お前らしくないじゃん。元気出せよ」

何か相談でも受けているのか、優しい口調で大翔はそう言っている。

何の相談なの?

どうして、一香は大翔に電話をかけているのよ。

寒さも忘れ、そのまま聞き入っていた。

「明日の夜?分かった。いいよ。そっちへ行くから」

そっちへ行く!?

一香の家へ行くってこと?

そのまま約束をし、大翔は電話を切ったのだった。

明日の夜、一香に会うの?

何で…?



 


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