Z 0 0


「茅野」


小柄な体に不釣り合いな、だぼだぼのツナギ。
袖も裾も、三回ずつ折ってある。
雑にまとめた短いポニーテールが、動くたびにぴょこぴょこと揺れていた。
汗ばんだ額に貼り付いた黒い前髪が、風で煽られる。

心地よさにわずかに目を細めてから、少女は振り返った。


そっち押して、と言葉少なに指示されて駆け寄ったのは、大きな荷車だった。
大型バイクのタイヤほどもありそうな車輪と、指を回せないくらい太い鉄のパイプ。

(リアカーは日本じゃ軽車両扱いだっけ)
ぼんやりと考えてその大きさに納得したのは、昨日の朝のことだ。

丸ごとの野菜や、干し草、そして生肉の大きな塊。
そんなものが山と積まれた荷車を足を踏ん張って押しながら、茅野(かやの)と呼ばれた少女は言った。


「ラビさん、副園長なのに、こんな仕事もするんですね」
「まーな。俺は雇われ管理職だから。元はただの飼育員だし」


ラビは、後ろの茅野に向かって声を張り上げる。

茅野と同じ形のツナギを身に纏っているが、彼女のサイズの合わないものは薄い黄色なのに対し、彼の着ているツナギは暗めの茶色だ。
黄色いフレームの眼鏡をかけて、オレンジ色のニット帽を被っている。
跳ねた明るい茶色の癖っ毛が、耳の後ろからちょこんと覗いていた。

ちょっと逞しくて、いつもちょっと変わった格好ばかりしていることを除けば、どこにでもいそうな大学生、という印象の青年だ。
だが、彼が次に顔を上げて呼んだのは、決してどこにでもはいない存在の名前だった。


< 2 / 49 >

この作品をシェア

pagetop