瑛先生とわたし

2 長谷川龍之介の恋わずらい



また、龍之介さんの大きなため息が聞こえてきた。

ここにきて3回目だぞって、瑛先生が笑ってる。

出るもんは出るんだ、仕方ないだろうって龍之介さんが言い返して、4回目の

ため息をついた。


龍之介さんは瑛先生のお友達で、先生の亡くなった奥さんのお兄さん。

息子の渉の伯父さんで、犬のバロンの飼い主。

イベント会社の社長さんで、おっきな車に乗って花房家にやってくる。

アメリカ製の車は、すっごく大きなエンジン音だから迷惑。

それに、とっても古いからガタガタいってる。

龍之介さんの車の音がうるさくて、嫌そうな顔をしてたら、

昔の彼女の思い出があるから車を買い替えないのよ、と瑛先生のお姉さんの

華音さんがわたしに教えてくれた。


『龍ちゃん、別れた彼女のことが忘れられないんだって。

男って困った生き物ね』


なんて言ってたわね。

でもね、その龍之介さんに好きな人ができたみたい。

早く華音さんに教えてあげたいけど、どうやって教えたらいいのかな。


うーん……

わかんない……








「車を買い替えようと思ってるんだ」


「故障でもしたのか? 修理を繰り返してるからなぁ。そろそろ限界だろう」


「そんなんじゃない、チャイルドシートを装着するのが面倒でさ。

蒼ちゃんが困ってる」


「はぁっ?」



いつも冷静な瑛が、俺の言葉を聞いて立ち上がらんばかりに驚いた。

そりゃそうだ、10年以上乗ってる愛車だ。

思い入れたっぷりで、廃車になるまで乗るつもりだといつも言ってきたか

らな。



「驚くよなぁ……俺だって驚いてるよ。

けどなぁ、蒼ちゃんが喜んで乗ってくれる車が欲しいんだ。

俺の車、子ども連れには不便でさ。

それに、昔の女の匂いが残ってる車って嫌だろう」


「蒼さんがそう言ったのか」


「言うかよ。彼女、いつもありがとうございますって言って乗ってくれるよ。

はぁ、あの笑顔を見てると全身の血が逆流しそうだ」



へぇ……と瑛がまた驚く。

それだけ、俺が蒼ちゃんを好きだってことだが、親友相手に 「血が逆流する」

なんて言って、相当まいってると思っただろう。



「恋わずらいか」


「恥ずかしいこと言うなよ」


「いいじゃないか。誰かを好きになるのは自然なことだ」


「ひぃーやめてくれ! 聞いてる俺のほうが恥ずかしいだろうが」



瑛は昔からそうだった。

好きだとか、愛してるとか、いとしいとか、およそ男が言わない言葉を平気で

口にするヤツだ。



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