瑛先生とわたし
3 花房家の家政婦 林さん
                          

あの音は 林さんの自転車の音

キーッとブレーキの音がして スタンドをカシャンと立てると 

鍵をかける小さな音がする

毎日 同じ時刻 同じ音とともにやってくる


晴れた日は鼻歌まじりで玄関まできて 一瞬立ち止まり 

背筋を伸ばしてからドアを開ける

雨の日はカッパを脱いで 自転車に広げてかけて 乱れた髪を直しながら

玄関にきて やっぱり背筋をのばす

出窓から私が見てるって気がつくと おはよう って口を大きく開けて

言ってくれるの


林さんは 月曜日から金曜日 この家にやってきて家事をやってくれる人

土日でも瑛先生が頼めば来てくれるみたい



「マーヤちゃん お掃除するから 向こうの部屋に行っててね 

すぐ終わるから」



龍之介さんと違って 私にもこんな優しい言い方をしてくれる

林さんの息子さんが 瑛先生に習字を習ったことがあったんだって



「先生が家政婦さんを探してらっしゃるってお聞きしたの 

男の子供がいる人が希望だったんですって 

それでこちらに伺うようになったのよ」



私が どうして? と首を傾げると



「渉君がいるからでしょうね 私はふたりの息子を育てたし 

渉君のことは 第二の子育てだと思ってるのよ」  



拭き掃除をしながら私に話しかけてくる林さんは とても楽しそうに仕事をする

林さんは ここの家にくる人の中で 私が好きな人のひとりなの

優しいし 先生に余計なことを言ったりしないもん

みんな何かと言うと 再婚は? って聞いて 先生を困らせるんだから 

ホントイヤになるわ


だから 渉も林さんが大好きなのね

だって大事なパパを他の女の人にとられるなんて 

そんなの嫌に決まってるじゃない

その点だけは 私と渉が合意できる数少ない部分よね




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