泡沫(うたかた)の落日

第2話 元夫は冷酷な人?

 優美なカーブを描くリーフとアンティークローズの柄のロートアイアンの飾り格子が硝子部分に嵌め込まれた重厚なエントランスドアを開けると、アイボリーの大理石の床が広がるエントランスホール。前方には上品なロココ調のデコレーションの子柱が見事な緩やかなカーブを描くサーキュラー階段。高い吹き抜けの天井中央に付いている華やかなシーリングメダリオンからは大きなアンティーククリスタルのシャンデリアが下がり、アーチ型のステンドグラス窓から射し込む柔らかな光が反射し、キラキラと七色に輝いて、壁に反射していた。
 華やかな気品を漂わせる大きなコンソールテーブルの上には、左右対称のアールヌーボのテーブルランプに、中央にはマエセンの耳付き花瓶に溢れるように生けられた淡いオールドローズの甘い香りが優しく広がる。マエセンの美しい磁器の置物が沢山並べられていて、ゆっくり一つ一つ見てみたいような、まるでミュージアムに居るような錯覚に陥ってしまう。

 暫くうっとりと立ちすくんでいたら、「こちらへどうぞ」と渡部から声をかけられ、はっと我に返った。夢の世界の中にいる様で、ふわふわとした、現実の世界ではないような感覚がした。始めてくる場所だって気がしてならない。

 渡部に案内されて居間ヘと入ると、落ち着いたブラウン系のロココ調のインテリアで統一された部屋だった。成り金のようなけばけばしさは全く無く、英国貴族の館のような落ち着いた重厚感と気品が漂ってる。
 その中の主の椅子に、1人の男性が腰掛けているのが見えた。年齢は30代前半という雰囲気で、柔らかそうな少しブラウンがかった、ゆるいウェープのかかったナチュラルショートヘア。とても整ったモデルのような顔立ち。背は185cmを越えてそうな雰囲気だ。体にピッタリタイプのモノトーンのVネックのカットソーを着ている為、整った筋肉質なプロポーションという事が分る。少し肉食系なセクシーな雰囲気で、女性には不自由しませんという感じだ。
 一目見て酷く怒ってるという事が分った。長いまつ毛にブラウンがかった澄んだ美しい瞳が、鋭利なナイフで刺されそうなほどの、冷ややかさをたたえていた。
 
 渡部がその男に挨拶をしてから、私に長椅子に座るようにと案内した。
 少しおずおずしながら、少しでも距離を置いたほうが安全そうな本能が働いて、私は長椅子の端の方に腰掛けた。

「今度はいったい何を企んでるんだ!!」

 不機嫌なこの家の主は、私が長椅子に腰掛けた直後、低い声で冷ややかに言った。
 企んでいるも何も、何が何だかまるで分からない事だらけで、私はなにも言葉が出て来なかった。
 
「お前からやっと解放されたと思ったら、今度は自殺騒ぎの記憶喪失だって?そんな見え透いた演技に騙されるか!!」

 元夫という人に会うまでの間、きっと優しくて親切でいい人だと淡いイメージを思い描いていたが、ガラガラと音を立てて崩れていった。初めて見た時、一瞬素敵だなと心が揺れ動いた自分も恥じた。『この人好きじゃない……』心の中で呟いた。

「まあいい……。父親が服役中で、他に身寄りもなく、金銭感覚も麻痺しているお前だ!!どうせ別れる時に十分なぐらいに渡した金もあっという間に使い果たしてしまったのだろう。何の取柄も無いお前だ!! 自分の力で生きていく事も出来ずに困り果て、こんな騒ぎを起したのだろう? どうしてもと跪いて頼むのなら、ここに置いてやろう。この家の使用人としてなら、置いてやっても構わないぞ」

『父親が服役中? 』『金銭感覚0? 』『何の取柄もない? 』元夫の言葉一つ一つが衝撃的で、眩暈がしそうだった。でも、この人しか頼る人が居ないし、昔の私を良く知っている唯一の人だ……。

「はい、使用人で構いません。私をここに置いて下さい。宜しくお願いします」

 私は長椅子から立ち上がり、床に跪くと、頭を下げて頼んだ。

 (第3話に続く)
 
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