天使より悪魔
悪魔に女が独白する
 私、死のうと思ったの、少女はカフェの個室で言った。なぜか女性店員も同席している。どうやら、少女の父親は不動産会社を経営しているのだが、昨今の不景気で業績は傾き、資金繰りに行き詰まった。それはよくある話だ。だが、その弱みにつけこんでくるものがいた。それが詐欺師だ。

「じゃあ、その詐欺師に騙されたから融資してもらえなかったの?」
 少女は弱くうなずいた。
「本当、今みたいな高度な資本主義ってやんなるわ。お金を儲けるか、お金で解決するしか、この選択しかないじゃない」
 女性店員は怒気を含んだ声音で言った。その選択だけではない、とカイムは思うが普段悪事を裁いている身としてはあながち間違った指摘でもない。人間というのはつくづく強欲な生き物だ。欲の連鎖が止まらない。ひとつ味をしめると、また次、そして次と、欲の連鎖は続く。野心や欲というのは全くない、というのも考えものだが、適度な野心や欲が人を成長させる原動力だとも彼は思う。まあ、悪魔の俺に言われたくはないだろうが。
「エリザベス・テイラーが〝愛はお金で買えない〟とか言ってたんだけど、既にその発言当時に彼女は大金持ちだったのよね。ふざんけんなよ。説得力ないんだよ」
 女性店員は憤懣やる方ない感じで怒りを露にした。カイムはその人誰?と思ったが女優らしい。それにしてもこの店員はよく喋る。店員の名前はクリコで、少女の名前はフユカと古風で響きのよい名だった。
「で、お客さん。どうするの?乗りかかった舟でしょ。解決しなさいよ」
 クリコは有無をいわせぬ口調で言った。
 居心地の悪い空間から抜け出したかったカイムにとって願ってもいないタイミングで電話が鳴った。着信表示を確認するとサザンだった。席を外す際に、クリコが舌打ちをした。この状況下でよく席を外せるわね、と言わんばかりに。
「もしもし、カイムです」
「ああ、カイムちゃん。さっそく仕事の依頼が来たよ」
 お決まりの軽い調子でサザンは言う。
「早いですね」とカイムは言い、「仕事があるのは嬉しいことです」と添えた。
「悪魔界は空前の好景気だからね。一人補充したから後で紹介するよ」とヒヒヒとサザンはこの世にはない笑い方をした。「で、今回も詐欺師なんだけど、よろしく。名前は溝端タマキ。なにやら銀行と手を組んであくどい詐欺をやっているみたい。最近も、ある不動産会社を騙して倒産させたみたい」
 不動産会社?フユカの父親も不動産会社を経営していたといっていた。そんなことがあるわけないか。いや、一応確認だけはしておくか。
「経営者の家族構成ってわかりますか?」
 カイムは訊いた。
「なんでそんなの気になるかな。まあ、いいや。ちょっと待って」と何やら書類を捲る音がし、「妻と娘の三人暮らしだね。こりゃあ融資詐欺だね。家が競売にかけられてるよ。なんで人は金が絡むと理性を失うのかね」とサザンは言った。
「娘の名前を教えて頂けますか?」
 カイムの電話を握る手に力が込められた。
「さすが女好き。懲りないねえ。天使剥奪されたのに。ええと、ええと、娘はフユカという名前だね。ほお、写真が添付されているけど、若いのに大人びてるね。これはモテるよ」
 そのフユカが扉一枚隔てた場所にいることをサザンは知らない。
 やれやれ、これは偶然か必然か。関係ないと思っていたが、フユカとは何か見えない糸で繋がってるらしい。乗りかかった舟、か。仕事ならば乗るしかない。
「決行日は明日ね。その後、すぐ別の仕事が待ってるから」
 いつもより仕事のサイクルが早い。だいたい三日後に決行なのだが、それほど仕事の依頼、つまりは悪人が多いということだろう。
「わかりました。完了次第報告します」
「うん。よろしく。今回のクロージングは、口にロウソクを一本咥えさせて、火を灯して。室内は暗くね。これ非常に重要。〝室内は暗く!〟よろしく」
 サザンの電話は唐突もなく切れた。室内を暗くしてうまく写真が撮れるのか、カイムは心配になった。
 決行日が明日となれば、うかうかしていられない。早めにターゲットに接触しなければならない。ついでに騙されたお金を取り戻してあげるか、彼はそんなことを思い彼女たちがいる扉を開けた。
「遅いぞお客!」
 カイムが扉を開けるなりクリコは言った。
「その話に乗ろう。そして金を取り返す」
 その勢いに負けじとカイムは快活に言う。
「どうやって?」
 フユカは訊いた。
「まあ、任せてください」
 カイムはフユカの頭をポンと叩いた。
「家も、このままじゃなくなるんです。それに家族はバラバラです。いつも父と母は喧嘩をしています。あんなに仲が良かったのに」
 フミカは目元から涙をこぼした。真珠の涙を。君は強くなる、カイムはなんだかそんな気がした。
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