純愛短編集(完)

また、ただただ我武者羅に、少女は走った。

少女は学年で一番速いから、足には自信があった。

「あ、おい、待てよ!!」

それまでは少女達三人をチラチラ見ては立ち去っていく周りの人達。

しかし、立ち止まって何事だ?と逃げていく少女と追いかける男と別方向へ歩き出す女を見る者が続出した。

人の多い大通り、太陽ももう眠っているネオンの輝く夜の街。

今宵は新月だろうか。

しかし、本当に細い、月らしきものが、空にはあった。

だが、少女にそれを見る余裕はなかった。



急に後ろから腕を掴まれた。

「…やっ‼離してっ!!」

まさか追いつかれたのかと背筋が冷えた。

腕を振り回し、足で体で、前へ前へと逃げようと抵抗を試みた。

しかし突然名前を呼ばれ、その声も聞き覚えのあるものだったことから、抵抗をやめた。

少女は後ろを振り向くと、そこには数十分前に喧嘩した相手がいた。

そしてその後ろに、あの男がいないことを確かめて、漸く撒けたのだと安堵した。

だが、今向き合っているのは喧嘩したきりの自身の兄である。

本当はとても長い間離れていた気がしたし、怖い思いもした。

思いっきり抱き着いて、抱き締めてもらいたかった。

しかし、今の自分の年を考えると恥ずかしくて出来ないし、何より喧嘩したきりなのを考えると、無理だった。

兄に腕を掴まれたままの状態で、その場を沈黙が支配した。

「………悪かった」

少しの沈黙を破った兄は、目を泳がせていた。

必死に言葉を探しているのが、少女には分かった。

「…プリント!!…帰ったら、渡すね…」

最初は強めに言った言葉も、途中から小さくなり、語尾は蚊の鳴くような声で言った。

「…あぁ、帰ろう」

二人は家へ帰るために、並んで歩いて行った。

探してくれたのと、走っていたのにあたしだと気付いて、迷わず腕を掴んでくれた。


それでいい…それだけで、十分だ…。

それだけでも、嬉しかったんだ―――



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