プラトニック
卓巳の言葉は本当だった。

キリンの柵の前に来ると、莉奈ちゃんは興奮して声を上げ始めた。


「キリンさんに会えて嬉しいね~」


ベビーカーをのぞきこんでわたしは言う。


「キリンさんの鳴き声はね、牛さんと一緒なんだよ。モ~って鳴くんやってさ」

「そんなの莉奈に教えてもわからんって」


卓巳は苦笑するけれど、キリンについて教えると莉奈ちゃんは心なしか目を輝かせる。

まるで熱心な生徒を相手しているようだ。


「莉奈ちゃん、ホンマにキリンが好きなんやね」


感心するわたしの横で、卓巳は携帯のカメラにキリンをおさめている。

と思ったら、急にカメラをわたしの方に向けた。


「水野。笑顔」

「えっ、え?」


おろおろしているうちに、カシャッと機械音がした。


「ちょっとやだ! 絶対今わたし変な顔してたし!」

「大丈夫やって」


卓巳は余裕たっぷりの態度で、撮ったばかりの写真をわたしに見せた。


映っていたのは案の定まぬけ面のわたしと、その後ろで大口開けてあくびをする、一頭のカバ。


「ほら。奇跡のツーショット」

「何よこれ!」

「ベストショットやんか」


卓巳は大笑いしている。


「ありえへん。絶対やだ。そんな変な写真、すぐに消して」


文句をたれるわたしに、まあまあ、となだめる卓巳。

頬に浮かべた柔らかい微笑は、昔は見せなかった表情だ。


はしゃぐ大人ふたりを、莉奈ちゃんが不思議そうな顔で見上げていた。

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