聖なる夜に夢を見せて
「後ろは少し梳いたけど、前髪はどうする?」
「……あまり切らないでお願いします」

 シャンプーを終えた私は、店長の修平さんに髪を切ってもらう。
 後ろの髪はあまり切らずに揃える感じだったが、前髪に鋏を入れる前に声を掛けられた。

「俺としては前髪を切った方が可愛く見えるけどな」
「うん……私も悠奈ちゃんは前髪があったほうがカワイイと思うよ」
「えっ……?」

 いくらそう言ってもらえても自信がない。そんな私を修平さんが鏡越しに見ていた。
 そこで、彼は玲ちゃんたちがいる場所に行った。

「よし、やっぱり切るか。お前は自分に自信がないようだし」
「で……でもっ」

 話を聞いてきたのか、いつのまにかそばにいた玲ちゃんが私に声を掛けてくる。
 彼女は私の手をぎゅっと握りしめて微笑む。

「悠奈……オーナーにまかせてみようよ」
「私なんかが髪を切っても」
「悠奈のせいで睨まれてる、かわいそうな男性社員もいるんだから」
「えっ……?」
「柏木たちに幽霊なんて言わせないほど、キレイになろうよ」

 その一言が胸に突き刺さる。いつも自分を変えたいと思っていても、その方法も知らない私はそこで諦めて、結局変わることができなかった。
 だけど、自分を変える魔法があるとしたら……、今がチャンスだと思った。

「……お任せします」
「うん、それでいいんだよ……悠奈」
「誰が見ても可愛いと思わせてやるよ」

 修平さんは私の決意が揺るがないようにばっさりと前髪を切る。
 床に落ちた前髪が、今の私にとって精一杯の勇気だった。

「修ちゃんは魔法使いだから、きっと悠奈ちゃんも綺麗になれるよ」
「俺が結依以外にかける魔法はここまでだけどな」

 修平さんの言葉が意味深に聞こえた。が、その意味を聞いてはいけないような気がした。

 ――けれど、確かに私が変わっていく気がした。
 お昼に結依さんの手料理をごちそうしてもらい、パーティの準備が出来る頃にはすっかり日が暮れていた

「悠奈――めっちゃキレイ! うん、これはすごい」
「玲ちゃんだってキレイだよ」
「ふたりとも本当のお姫様みたい――すごくキレイよ」

 ドレスに身を包んだ私たちに、結依さんはやさしく微笑んでいた。
 たった一日過ごしただけなのに、私はこの場所とこの空間が大好きになった。

「また、髪を切りに来てもいいですか?」
「いつでも遊びに来てね。悠奈ちゃん」
「はい! ありがとうございます。……それと」

 私はバッグからお財布を取り出した。と、言っても手持ちのお金じゃ足りないかもしれない。
 そんなことを考えながらお財布とにらめっこする。

「言っとくけど、金は受け取れねえ」
「でも……。そんなわけにはいかないです」
「いいから、悠奈ちゃんはパーティに行かなきゃ……」
「でも……」

 あまりにも申し訳なくて俯く私に結依さんがこっそり耳打ちをした。
「大丈夫――。私も魔法にかかったことがあるんだよ」
「えっ……?」
「悠奈ちゃんはそのままで十分可愛いから」

 結依さんの優しい手が私の手を握りしめる。彼女が言いたいことが理解できない。
 ――だけど、その一言がどんな言葉よりも心に響いた。
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