ホーリー 第一部

 少年は、少女の棲む“きのこハウス”のすぐそばまで来ていた。驢馬車を降りて、ロミーに、近くの街で適当にぶらついて待っていてくれるよう頼んだ。きのこハウスは巨きなきのこのおうちで、これもまた森の中の広場にあった。森の中の小路を抜けて、その広場のすぐ手前まで来ると、うさぎたちがつくったと見られる拙い立看板があった。
 「シェフ~、そろそろ来る頃だと想ってたのだ(・ω・)ノ」
 字がきちゃない。ちいさなうさぎが、くっついた両手でチョークをひっつかんで、一生懸命、ガリガリと書き綴る姿が目に浮かぶようだった。
 「ぶふふふ、シェフよ。マントはきちんと洗い清めたものを羽織ってきたようじゃのぅ。しかして、そこの聖水で水浴びしてからこのわっかの中にはいるのじゃぞ(-ω-)ノ」
 う~ん。なんとか風格を出そうとがんばっているけれど、あまりに字が幼稚なのでまったく無意味な試みだった。ほんとうに、読めたのが不思議なくらいだった。それにしても、あの両手をくっつけることもままならない、指だってついていないちいさなまるい手で、いったいどうやって字を書いたのか、計り知れないくらいの謎に包まれていたのだけど。
 「しっかし、うさぎたちはほんとにぜんぶお見通しみたいだ」
 そうひとりごちて、少年はすぐそばのちいさなほこらの中で、からだを丁寧に洗った。ほこらに添えられてあった白いふわふわの布で、水気をきれいに拭き取ると、少年はまた服を着て、マントを羽織って、こうもり傘をさして歩き出した。目をつぶり、想いを凝らして、地面に大きく描かれたまんまるい曲線をくぐる。次の瞬間に目を開くと、きのこハウスがぼんやりと発光していた。そこらじゅうに奔放に散りばめられたまあるい飴玉が、色とりどりに、自由に、きらきらと、歌うように煌めいていた。辺りを見回せば、わっかの四方に置かれてあった、かぼちゃ、きのこ、ふくろう、こうもりのランプが、仄かに暖かい光を放ってこちらを見つめていた。少年は不思議と、とても暖かい気持ちになれた。少年がさしていたこうもり傘までもが、キーキーと声を立てて、朗らかな光を放つのだった。
 「がらがら、、、」
 戸を開けると、其処には大きな椿の花の上で昏倒している仔猫の少女の姿と、それをほんとうに心配そうにみつめるうさぎたちの姿があった。お部屋の中にも色とりどりのまあるい飴玉が吊るされ、とても暖かい心地を誘っていた。少女が寝そべる椿の花からは、透明で、清浄な光が溢れていた。
 「うん、シェフが来てくれたおかげで、ほんのほんのすこしだけピノのからだは楽になったみたいだよ(・ω・)ノ」
 「そうなのだ。シェフがきたから、ピノの“こころ”はほんのすこしだけらくになったみたいなのだ(-ω-)ノ」
 うさぎたちは、あいさつがわりとばかりに、そんなことを、ほんとうに和やかな調子で云った。
 「て、うさこちん、、なんですか、そのかっこうは、、、?」
 大きなうさぎは、なんともけったいな格好をしていた。あたまには松ぼっこりをたくさんくっつけてつくった円錐状の冠をかぶって、首にはドングリをたくさんつなげてつくったネックレスをぶら下げていた。ちいさなまんまるいからだには、松ぼっこりの冠も、ドングリのネックレスも、ほんとうにぶかぶかで、何処か間のぬけた顔つきも相まって、あからさまに不釣合いな様相になっているのだった。
 「ぶふふふ、われを崇め、盲信するが良い。われこそは神じゃ。このふはいした世界のおうじゃなのじゃ!ぶふっふっははふぅ~!!(-ω-)ノ」
 「う~、だめだ、こりゃ」
 少年はとりあえず帰ろうとしてみた。
 「あ~っ、シェフ!こら、うさこちん!へんなお遊びはやめなさいな!(・ω・)"」
 「う、ち、ちびうさよ、、ま、まあ落ち着くのじゃ。あんまり怒るとけっかんがきれるぞ(-ω-)」
 「もぅ、、うさこちん、、とにかくシェフ、よくきてくれたね!じつはシェフにもちょっとしてほしいことがあるのだ(・ω・)ノ」
 ちいさなうさぎは、また途中で大きなうさぎをほったらかしにして、話の本筋に入ろうとする。
 「うん、そのためにきたのだから。で、なにをすればいいのかな?」
 「まずはね、ピノのために髪飾りをつくってほしいのだ(・ω・)ノ」
 そう言いながら、ちいさなうさぎは、そばに置いてある茎の長いシロツメ草の束に顔を向けた。
 「うん!あ、で、どうやってつくるのかな?」
 「う~んっとね、、うさっこち~ん(・ω・)ノ」
 「なんじゃ、なんじゃ~(-ω-)ノ」
 放置されていた大きなうさぎはぶかぶかのネックレスを引き摺りながら、うれしそうに、のそのそと少年たちのほうにやってくる。
 「えっとね、こうやって、、二本の茎を十字にして、、、それからくるんってまわして、、、(・ω・)」
 手が不自由なうさぎたちは、ふたりで上手に手を合わせながら、手順を示してくれた。
 「あとはこれをなんかいもなんかいもくり返すのじゃ(-ω-)ノ」
 「そっ。あ、ある程度大きくなったら、はじめのほうにつくったわっかにさいごの部分を通してつなげるんだよ(・ω・)ノ」
 少年は、なにもいわずに、できるかぎりの想いを籠めて、シロツメ草の髪飾りを編んでいった。四人のおうち“まんまるドロップ”がくれる暖かい心地が、清らかな気持ちが、心をひとつにさせてくれるのだった。ゆっくり、丁寧に、髪飾りを編み終えるのを見計らって、ちいさなうさぎが声をかけた。
 「さ、その髪飾りをピノのあたまにかけてあげて(・ω・)ノ」
 神妙に、和やかに云う。少年はなにもいわずに、こくんとうなずきながら少女の元へと寄り添った。そうして、少女の寝顔を見つめながら、あたまをそっと包み込むように、ちいさな手のひらをふうわりと置いた。なんどかその儀式をくり返してから、少年は手づくりの髪飾りをかけた。すると、髪飾りがつくるまるいわっかから、ぽわんと、淡い光が放たれるのだった。
 「もうすぐ、きちゃうのじゃぞ(-ω-)」
 大きなうさぎはちいさなうさぎに向かって、間のぬけたかっこうで、あくまで真剣に言った。
 「うん、そうだね。はやくつぎのじゅんびも終わらせなくっちゃ(・ω・)ノ」
 ちいさなうさぎは、エノコロ草を一本、大きなうさぎに渡した。
 「いいか、シェフよ。この猫じゃらしを、こうやってにぎにぎするのじゃ(-ω-)ノ」
 大きなうさぎは想いきりからだをすぼめて、みじかい両手をむりやりくっつけて、エノコロ草のふさふさした部分を、にぎにぎ(というよりはむぎゅむぎゅ)するのだった。すると、エノコロ草の穂は毛虫みたいに、うにょうにょと、その身を沈めるのだった。少年は、大きなうさぎからエノコロ草を受け取って、なにもいわずに、ただ真剣ににぎにぎ、にぎにぎ、とくり返した。またも“まんまるドロップ”の魔法が、少年の心をつよく、まっすぐ、確かなものにさせていた。少年は精一杯の魔力を籠めて、なんかいもエノコロ草の穂をにぎにぎした。

 「来ちゃう!(・ω・)」
 唐突に、ちいさなうさぎが、ほんとうにめずらしく、緊迫した声をあげる。と同時に
 「ビューッ、ビューッ!!」
 何処からともなく、ささくれだった凶風が沸いて、室内をさんざんに取り散らかす。紙やじゅうたん、えんぴつや消しゴム、お洋服や裁縫道具が宙を舞う。透明に森の中を映していた窓ガラスが、風に磨りつけられて、みるみるうちに曇っていく。あっという間に、窓に映るのは真っ白な、ぼんやりとした沈黙だけになってしまった。
 「パリーン!!」
 窓ガラスが割れて、飛び散った。少年は少女の方に目をやる。どういうわけか、少女のからだは不吉な蜘蛛の糸にびっしりと巣食われていた。そして蜘蛛の糸を内側からペリペリとめくって、そこから黒い霧の塊が飛び上がった。まるで蝶がサナギから羽化するみたいに華々しく、それでいて禍々しく。それは黒い翼に、ぼんやりした外郭、悪夢そのもののような形状の目と口を持った霧の悪魔だった。その異形の悪魔はただ其処に居るだけで、心の奥底に傷みと、暗く重い虚無とを深く刻みつけてくるのだった。仔猫の少女は、悪い夢にでもうなされるように、非現実的なくらい悲痛な叫びをあげていた。
 「えいっ、えいっ(・ω・)ノ(-ω-)ノ」
 うさぎたちは、いつのまにか、少年の手にしていた猫じゃらしをふたりで手を合わせて引っつかんでいた。そして、あくまで和やかに、けれど心の芯はきっと何処までも真剣に、少年が魔力を籠めた穂先で何回も何回も悪魔を突っつくのだった。その緊迫感のまるでない様子に、悪魔はただぼうぜんと、あっけにとられたようにされるがままにしていた。知性のあまり発達していない生まれたての悪魔は、その攻撃に自らの力が浄化されていくのに気づいていないようだった。少しずつ、悪魔のからだはしぼんでいった。そして、たじろいでいた少年は、想い立ったように“ピンクムーンの森”に古くから伝わる伝承歌を歌った。ゆっくりと、穏やかに、できるだけやわらかい声で、“まんまるドロップ”の小さな魔法に身も心もすっかり預けながら。


月がとても
きれいに光ってるから

森は今日も
やさしい気持ちをくれるよ

だから

今日は遊びにおいで
一緒に歌おう

街はいつも
黒い渦を燃やすけど

森は少し
ぼくらをかくまってくれるよ

だから

今日は遊びにおいで
一緒に踊ろう


 椿の花から溢れる透明で清浄な光が、少年といっしょに歌うように、いっしょに踊るように、その身を楽しそうに揺らしていた。部屋中を飛び交う清浄な光と、天井に吊るされたまあるい飴玉の煌めきとが響きあって、大きな光の波となって室内を埋め尽くした。気がつけば、窓ガラスも割れ、哀しそうにどっ散らかった部屋にはうさぎたちと、仔猫の少女と、仔犬の少年だけがいた。悪魔はひとまず、視界から消え失せていた。
 「消えた、、、?」
 少年は、不安げに、誰にともなくそうたずねた。
 「ひとまず、、ね。今度のはもうあんなにおっきくなってたから、またピノのからだに戻ったんだよ、、、それでもずいぶん弱らせられたみたいだから、とうぶんはピノの“こころ”の中でも暴れないんじゃないかな(・ω・)」
 「まえとおなじ手が使えたらよかったのだけど、、、(-ω-)」
 大きなうさぎがめずらしく、なんの冗談も交えずに、真面目に話している。
 「そうだね。でもそれは、たぶんもうむりだから、なにかほかの手を考えなくっちゃ(・ω・)ノ」
 重くなった空気を仕切りなおすように、ちいさなうさぎは明るい、はきはきした声で云った。少年は相変わらず蚊帳の外だった。少年は、またじぶんの無力を痛感した。それでも、うさぎたちにまったく悪気のないことはわかっていた。霧や世界のタブーに関する知識は、“知っていること”までしか知れないのだ。何処からともなく、霧が沸いて邪魔をするから。だからうさぎたちは敢えて少年に説明はせず、それでもすこしでも何かヒントになるようにと、こんな風にじぶんのまえで意味深長なことを云ってくれているのだということも、もちろんわかっていた。

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