恋衣 ~呉服屋さんに恋して~


まだ寒さがほんのりと残る三月。同時に春の芽吹きも感じる三月。それを意識してベージュの布地に、小花が咲くワンピースを買った。

その上にワンピースと一緒に買った、ベリー色のカーディガンを羽織ればいつもと違う自分が出来上がる。

「駅前の商店街に行くだけでしょう? そんなにお洒落しても、あそこにいるのはお年寄りばかりよ」
「い、いいじゃない。別に……」
「あぁ、でもそうね、呉服屋には若旦那がいるんだっけ?」

“若旦那”

その言葉に、瞬時に五年前の“彼”の顔が浮かぶ。
採寸の時に近づいた体温さえも蘇ってきて、頬が熱くなるのを感じた。

「あそこの御主人、凛子の晴れ着を買いに行った時も結構なお年だったけど、今もいるのかしら。それとも若旦那が継いだのかしらねぇ」
「さ、さぁ……どうなんだろう」
「まぁ、お洒落はいいけど、裕子(ゆうこ)にちゃんとついててあげてね」
「わかってるよ。それよりお母さん。そろそろ家、出た方がいいんじゃないの?」

母は再度腕時計に視線を落とし、焦ったように口を開いた。

「あ! そうね。早くお父さんのところへいってあげなくちゃ。じゃあ、二人とも気を付けて」

そうして荷物を抱え、足早に家から出て行った。


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