恋萌え~クールな彼に愛されて~

そんな困惑した梨花の胸中になど
当然誰も気付くはずもなく・・・


フロアの真ん中、公衆の面前での塚本の一喝は
彼女に嫌悪と憎悪を感じていた女子社員からはいうまでもなく
真っ当な理由で女子社員を叱ることでさえ
セクハラになりはしないか、と
ビクビクしている男性社員からも拍手喝采。


そんなことには塚本本人は馬耳東風であったけれど
この一件が一層彼の株を上げたのだった。


と、同時にそれ以来、無闇に塚本に近づく
ある意味勇気のある女性もいなくなった。
一時的に増えた梨花の「知り合い」が
いなくなったのもしかり。蜂の子を散らすが如くだ。
尾びれ背びれが付き、一人歩きしていた塚本の評判も
その一件があって以来、一変した。
形容詞も「エリートで超カッコイイ」から
「厳しくて怖い人」に変わった。
一部では女嫌いだとも男色だとも言われているらしいと聞いた。


全く人の噂というのは
持ち上げたり落としたり無責任で勝手なものだ。
口さがないというか、何と言うか……と
梨花は苦く笑った。同じ二枚目でも
やはり厳しいよりは優しく人当たりの良い方が
一般受けするものだ。
けれど梨花は塚本が気の毒に思えた。
彼の華やかな容姿と経歴には不釣合いにも見える堅実さゆえに
これまでも同じような中傷を陰で囁かれてきたのかもしれない。
目立つ存在なだけにその風当たりも強かったに違いない。
誤解も偏見もあっただろう。
孤独感にさいなまれたことだってあったかもしれない。
そう思うと胸が痛苦しくなるほどだった。
自分ならきっと耐えられない、と。


しかしそんな同情など
彼にとって迷惑なだけだろうとも思っていた。
塚本はこの程度の中傷など中傷とさえ思っていないだろうから。


でも、と梨花は誰に言うでもなく心で声を上げた。


羨望に押し上げられ、憧憬をその背に集め
華やかで恵まれた人生を歩んでいるように見える塚本の
その内に秘めている苦悩を理解し、心から敬い支え
そして慈しみ愛する事のできる人は
一体どれほどいるのだろうか?
彼は鑑賞用の美しい絵画や銅像ではない。
生身の人間なのだ。
喜怒哀楽があり、その奥にはもっと深くて
複雑な感情があるはずだ。


そう思うと梨花は胸の奥が切なく疼くのだった。






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