色鉛筆*百合短編集
恋の悩みは人それぞれなんです



お父さん、お母さん、そしてついでにペットのまち子。

私は昔から人を憎まず、穏やかな良い子で居なさいと教えられて生きて来ましたが。

どうしても、この子だけは好きになれません!



「でよーそいつ、ちょっと脅し掛けたくらいで逃げ出しやがって」


短い黒髪、健康的に焼けた肌。

机の上に胡座をかいて座る姿は……女子の制服と豊満な胸が無かったら男子そのもの。

そんなクラスメイト、東條睦生。

私は、このがさつ少女が嫌いです。


「あ、おーいナナー!」


そんな彼女が、私を見付けた瞬間…大声で大袈裟に手を振って来る。

………私の名前は『ナナ』じゃない、『菜々子』だ!


「ナナってばー」

「うるさい、気安く呼ばないで」


精一杯睨み付けても、逆効果。


「そう言いながら、そんな見つめてー」

「はぁ?アンタ相当目ヤバいんじゃないの?何処が見つめてるって?」


こんなナリだからか、結構女子に対する好感度は良くて。

去年のバレンタインは学校一のイケメンの次にチョコを貰ったとか、何とか。

だから……そんな彼女を邪険にしてる私は、ちょっとだけクラスメイトからの視線が痛い。



‐‐――


「はぁ……ホント、何でアイツはヘコたれない訳…」


机に顎を乗せて、大きく息を吐き出す私を見つめる優しい視線。

彼女は、親友のいっちゃんこと慈美(いつみ)。

名前の通り慈愛に満ちた女の子で、あの男勝りな誰かさんとは大違いってやつよ、全く…。


「私は別に、東條さん悪い子だとは思わないけど……まぁ、菜々子は『あのこと』があったからね…」

「うわいっちゃん、口にしないで!」


慌てていっちゃんの口を手で塞ぐ。

いっちゃんは人の嫌がることなんかしないから、マジで塞ぐ必要は無かったとは思うけど…。

ホント、あの出来事だけは忘れたい。


「菜々子も強情なんだから……あ、ほら、噂をすれば何とやら」

「へ?」


いっちゃんの指差す方向に、こちらへと近付いて来る奴。


「ナナさー修正液持ってね?オレの無くなっちゃって」

「少なくとも、アンタに貸す分は無いわよ」

「あ、東條さん。私、修正液2つあるけど貸そうか?」


ああ、いっちゃんは偉いなぁ…。

コイツに貸す必要なんて無いってのに。


「わり。オレ、ナナからじゃないと借りたくない」


その…無駄にデカい一言で、周りの視線が一気に私達に集中する。

…………何、言ってんのコイツ…?


「あーそっか。うん、分かった」


何故かそれを満面の笑みで受け入れたいっちゃんは、私のペンケースから修正液を取り出して、私に渡す。


「だ、そうですよ?菜々子様」

「はぁ!?ちょ、いっちゃんまでどうした…

「サンキューナナ!後で返しに来る」


私の手から修正液を強奪した奴は、相変わらずの声量でそう言い残し、去って行った。


「いっちゃん、これは一体どう言うことかしら?」

「菜々子さ……『女の子の東條さん』は、やっぱり嫌い?」


いっちゃんの目は、真剣だ。

いつも優しいいっちゃんが厳しい顔をしてるってことは、それだけ真面目な話ってこと。

それ故に、笑って誤魔化す訳には行かない。


「…………嫌い、だよ」

「そっか…」


ごめんね、いっちゃん。悲しい顔させて。

でも、これだけは譲れない。

意地っ張りを止めてしまったら、きっと『過去の私』が泣いてしまうから。



‐‐――


「ナナ」

「…」

「ナナ、ナナ、ナナっ!」

「……」

「ナナってばー!」


………何で着いて来てるの?

私には無い、豊満な胸を揺らして…ひたすら無言を貫く私の後を追い掛けて来る。

その外見が嫌い。

その男っぽい中身が嫌い。

嫌いだから、近付かないで。


「ナナ!!」

「っ…!?離しなさいよ!!」

「嫌だ!!」


ねぇ、何でアンタの方が泣きそうな顔してんのよ?

まるであの日と同じ…。



――‐‐


『す、好きですっ…!』


生まれて始めての、告白だった。

殆ど会話なんてしたこと無いくせに、一目見たときからその格好良さに夢中だった。

いつも男子グループの中心に居て、よく焼けた肌で爽やかな笑顔を浮かべている。

夢中だったから、気付けなかった。


『ごめん、勘違いしてると思うから言っとく。オレ、こんなんだけど女なんだ』


信じられなかった。

泣きそうな顔してそう言う目の前の少年の言い訳は、私には断る口実程度にしか感じられなくて。

ううん、そうやって信じることを拒絶した。

初恋が女の子だなんて、認めたく無かったから。

けど…そんな無理矢理の思い込みは、中学校に上がって粉々に砕かれた。

私と同じ制服を身に付けている姿に、現実を突き付けられた。



‐‐――


「ナナはっ……男じゃないオレなんか大っ嫌いだって分かってるよ!けど、オレはナナが好きなんだよ!ずっと、ずっと前から!!」


訳分かんない。

何をそんな、必死な顔して嘘付くの?


「初めて同じクラスになったときから、可愛い子だなって思ってた。とある日から、そんな彼女の視線に気付いて嬉しかった。けど直ぐ我に返った。きっと彼女は、オレを男だと思ってるんだって」

「っ、当たり前じゃない!アンタ、自分の顔鏡でよく見てみたら!?」

「……そうだよな。オレ、ナナに告白されたとき……何で男じゃないんだろうって悔やんだよ。オレが男なら、ナナを受け入れられるのにって。見た目はこんなんなのにな…」


泣いてた。

どんなときだってヘラヘラと笑っていた奴が、胸を強く押さえながら泣いている。


「ナナを好きな気持ちは収まらないのに、オレの体はどんどん女みたいになってく……今まで通り振る舞っても、女である事実は変わらない。オレを見る度、傷付いた顔をするナナが辛かったけど、やっぱりオレはナナが好きだ」


………私の、幼い告白なんて比じゃなかった。

コイツは、私の何倍も傷付いた。

抱えたらいけない想いを抱え続けて、逃げた私と違ってそれを受け入れた。


「アンタ、バカよ。私に、アンタの中の常識を覆さないといけない程の魅力なんて、無いわ」

「ナナ…」

「だけど、そこまで言うなら私だって覚悟する。受け入れてあげる。睦生、アンタの望み叶えてあげる」


本音を言えば、性別を知ったくらいじゃ気持ちは消えなかったのよ。

認めたらいけないと思った。

綺麗さっぱり忘れなきゃと思った。

なのに……私から離れてくれない睦生が、大嫌いで愛しかった。



‐‐――


「おめでとう。菜々子、東條さん。こうなることは予想してたよ」


次の日。

どうしてもいっちゃんだけには伝えたいと睦生を説得し、縁を切る覚悟で付き合うことを報告した。

なのに何てこと無い、いっちゃんはあっさりと言った。


「え、ちょ、いっちゃん軽蔑とかしないの!?」

「菜々子がして欲しいなら、いくらでもするよ?」

「いや、違っ…!!」


動揺しまくってる私とは対称的に、平然とうんうん頷く睦生。


「ずっと思ってたんだよなぁ、オレ。宮川さんて女の恋人が居そうだって」

「は、アンタ何言ってんのよ!いっちゃんがそんな筈無

「よく分かったね、東條さん。やっぱり同類は引かれ合うってことかな?」

「はいぃ!?」


いっちゃんの言葉に、素っ頓狂な声が出てしまった。

周囲からの視線が痛いので、場所を変える。


「あれ、言って無かったっけ?菜々子。私、年上の彼女が居るの」

「初耳だって!え、ホントに!?」

「うん」


いっちゃんは嘘を付かない。

だから、こんなほんのりと頬を染めている姿を見なくたって…いっちゃんに彼女が居ることは本当なんだ。


「お互いにさ、世間からの目は冷たいだろうけど……幸せになろうね」

「………うん!」


私が頷くと、いっちゃんも、睦生も微笑んだ。

思いが通じ合うって、本当に素晴らしい。

友達も、恋人も……ね。



END..
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