『無明の果て』
人は変わるんだと言う声がする。


そして心も変わって行くものだと。


だけど、その心だけに頼る事なく、目の前の日々の積み重ねこそが当たり前の人生だと、この手紙は言っているように思えた。



満足できる日常に憧れ、希望や欲望や野心を切り開き、私が手に入れようとしている未来は、人を思ってこその自分の道。



挫折など恐れてはいけない、一行へと向かう私の道。



岩沢の人生と私の今は違う。


ただ、麗子という文字に私のこれからを映した時、あなたにはこんな風に愛して行ける年月が待っているわよと、背中をさすってもらった気がして、

『さようなら』

と書かなくてはならなかった傷みを、出来る事なら今からでも癒してあげたいと、止まらない涙にそう思った。


「この手紙をいつも持ち歩いているんですよ。

何だか愛しくて、ポケットに入れています。

妻が亡くなってから一年かかって、ようやくこの手紙を受け取るなんて、やはり僕は愚かな夫でした。


この手紙を読んだ時、懐かしい妻に会えたようで嬉しかったけど、でもとても悔しかった。


しっかり見つめなければならないすぐそばにあるものは、いつでも、いつまでもそばにいるものだと信じていたんですよ。


分かってる事でも、都合の良い事だけ繋げて生きて行こうとする。



鈴木さんと偶然隣合わせた時、空港にいたのはご主人じゃない方だと聞いて、妻が最後に呼んだ僕じゃない男性を思い出して、切なくなりました。



あなたが僕の妻だったら、どういう気持ちがしただろうなんて、年甲斐もなく考えたりしたんですよ。」



「奥様が亡くなられた時と、私と夫が出会った時期は一緒ですね。」



岩沢の一年と、私の一年を、比較するものなどないけれど、ひとりここにいる決意をした私の一年を、私は顔を上げて話始めた。


私の話を黙って聞いていた岩沢は、名刺のようなものを取り出し


「僕は今ここに居るんですよ。」


と、私に差し出した。
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