『無明の果て』
アメリカへ来てからの暮らしが会社設立という目標に向かって、少しずつではあるけれど形を見せ始め、日本に戻ってからの足掛かりになるかもしれないプロジェクトや、私が必要とする知識や経験が次々に舞い込み、まるで私を試すように追い掛けて来る。



会社に辞表を出した時、専務の勧めを断っていたら、この経験をせずにどんな顔をして会社を興すなんて大口を叩いていたのか、考えただけでも顔から火が出る思いだ。



簡単な事ではない。


妻の役目も放棄したまま遠い未知の夢を選んだ私に、やり遂げ、成し遂げる事、今はそれだけを見つめていてもいいんだと、いつも耳元ではっぱをかけているのは、キャリアウーマンなんて呼ばれていた私自身。


だけど、キャリアなんていう事より、今いる所、ここが出発点だと、いつでも何度でも立ち上がる事が出来るんだと、私はまた知らされ、ここにいる。



一行が私を送り出し頑張っているように。


涼がひとり闘っているように。


園が魂の歌声で挑戦しているように。


そして岩沢が決断の道を歩き始めたように。





「もしもし、一行?
聞こえる?」



「うん、聞こえてるよ。
そっちは変わりない?」



「うん元気よ。
ねぇ、一行の方は、仕事はうまくいってるの?
食事はちゃんとしてる?」



「麗ちゃんこそ、ちゃんと食事してますか?
またジャンクフードばかり食べてるんじゃないの?」



「大丈夫よ。
ちゃんと節約もして、一行がこっちに来る準備してるんだから。」


「アメリカは行った事ないんだよ。
緊張するなぁ。
あと一ヶ月ないね。」


そう、あと一ヶ月で私の三十代は終わる。
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