『無明の果て』
第七章  『決意』
リビングの一番明るい窓際のボードに、一行と出かけた旅の写真が飾ってある。


鮮やかな緑の庭園をバックに正座をして、笑っている一行がこちらを向いている。


ふたり並んで撮りたかったねと、後になって気づいた事を、一行は大袈裟と思えるほどに悔しがった。



あいにく自分の写真を並べるセンスは持ち合わせていないから、私の写真は一行が大阪へ持って行った。



ふっと力を抜くと、静寂しきった部屋の中の、荷物のなくなった隙間と、時々視線を感じるような錯覚がそこにはある。



あの送別会の不意を衝いた一行の言葉に、私はにぎりこぶしを作り、下を向いて、涙をこらえるのがやっとだった。



若い娘達は


「鈴木君、カッコ良すぎ」


と、私の震える背中に手を置いた。



みんなこんなに優しい生き方を、どこで身につけて来たのか、中々上を向けずにいた私の瞳から涙が落ちるのに、少しの時間もかからなかった。



一回りも若い美しい後輩達は、私の横に陣取り一行に聞いた。


「ねぇ、鈴木君。
麗子先輩と離れてやっていけるの?」


「もう歩き出さないと、フラレるでしょ。」


そうだね。


自分の行動に目的を持って歩こうとする時、手探りしても、目を凝らしても、何も見えない真っ暗なその先を、ひたすら目指そうとする力が、自然と両腕に備わるものなのかもしれない。



未来は誰にもある。


だけど、同じ過去は決してやって来ないのだ。



涼は私から遠い席で、一行の姿に拍手を贈り、その後二人で何やら話し込んでいた。


私を必要としない彼等の様子を、もうしばらくは見る事もないんだろう。



帰り際、涼から


「麗子さん、麗子さんが幸せじゃないと、一行も幸せにはなれないですよ。」


優しく諭すように私に向けた言葉に、
「あぁ」と言ったきり、続ける言葉がみつからなかった。



涼は一歩先に進み始めて、違う私を見たのかもしれない。



そうして一行は新しい、未知の地へ向かった。


私は何年ぶりかで有休を取り、引っ越しを手伝いにその新居へ出向いた。
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