『無明の果て』
旅立ちの日は朝から雨が強く、ただでさえ泣きそうな気持ちに、ほんの少しだけ、憂鬱さを感じていた。


涼に会ってもいいよと一行が言ったのは、男気の強い彼らしい思いやりなのだろうと解るけれど、それは、やっぱりルールに反する事に思え、私から連絡をすることも、もちろん二人で会うこともしなかった。



結婚と云う事実は、本当ならその隣で、ずっとそばで、支え合って行くのが務めなんだろうけれど、私達は私達が選んだ道を、今はそれぞれ進んで行くのだ。


そんな形があってもいいんだと、二人で誓ったんだから。


一行は、ただでさえ知らない土地の慣れない暮らしで、きっと今までの人生の中で、一番の試練とも言える日々と戦い、でもそれが充実した毎日とも感じられる時を送っているに違いないのだ。



私が四十になる前に、アメリカへ旅立つ前に、何の不安もなく送り出そうと決断をして、あの日私に、大事な言葉を告げたのだ。



空になったコーヒーカップを持ちながら、涼がここに居る意味を考えていた。


意味なんかないんだと納得するには、無理が有り過ぎる。


ただそこに涼が居るということだけだなんて、やっぱり無理が有り過ぎる。



涼はただじっと、チケットカウンターを見つめている。


そんな涼を見つめながら、私は一行を待っている。



涼には、一行から報告するからと、そう聞かされてはいたけど、あまりの慌ただしさに、そのことに、私は何も触れてはいない。



涼が私の名字が変わった事を知らないとしたら、私の口から伝えるなんて、今日は出来ないよ。



雨が小降りになって、暗く、蒼くない空は、涼の姿を小さく見せている。



私を見送るつもりなら、そのまま動かないでいて。



一行が着くまで、あとどのくらいだろうと時計を見た時、携帯がなった。



「あっ、一行。
今どこ?

もうとっくに空港へ着いてるわよ。」



「麗ちゃん、大変なんだよ。

まだ大阪なんだ。
雨が強くて遅れてるんだけど、間に合わないかもしれないよ。」



「えっ、うそ…」
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