『無明の果て』
どうして電話に手がのびてしまったのか、もしかして彼女なら、何か涼の事を知っているかもしれないと、戸惑う事も、危険な胸騒ぎも、何も考えず、真実を知りたい欲望だけで彼女の声を聞いている。


「一行の方から電話なんて、いつぶりかしら。

いいの?

彼女に叱られるわよ。」


涼は会社も辞めていた。


携帯にも出る事はなく、おそらく、「鈴木一行」という男との関わりから逃れているとしか思えない行動に、穏やかではない何かを感じないわけにはいかなかったのだ。



「園(その)に聞きたい事があるんだけど、時間あるかなと思って。」


「私の名前呼んでくれるの久しぶりね。

何?

デートしてくれたら、考えてみてもいいけど。」



返事に詰まって黙っている一行に


「涼のこと?

そのうち一行から、メールぐらい来るかもしれないって思ってたよ。」



急に怖くなった。


自分だけが知らない、どんな真実があると云うのか。


「一行、元気にしてるの?」


「うん。
園は元気だった?
相変わらず歌ってるの?」



「たまにね。
諦めが悪くてさ、知ってるお店で、会社帰りに歌わせてもらってる。

聞きに来てよ。
遅咲きのデビューでも決まったら、生じゃ聞けなくなるかもしれないわよ。」



電話の向こうで笑いながら、彼女は続けた。

「涼なら大丈夫よ。

ねぇ、聞いてもいい?
一行の夢って何?」



”夢“


今何が大切なのか、今しなければならないことは何なのか、そんな事に追い詰められて、いつの間にかそんな言葉がある事さえ忘れてしまっていた気がする。


「私の夢はやっぱり歌かな。
一行達と久しぶりにバンドで歌って、確信したんだ。

もう一度挑戦してみようって思ってる。

叶わなくても、やってみる事に”価値“ぐらいはあるでしょ。」



「園の夢はいつから考えてた事なの?」



「漠然と思っていたけど、う~ん、話しちゃおうかな。

涼よ。
涼がきっかけ。

今涼が何してるか、教えてあげるわ。」
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