『無明の果て』
息をきらせ、麗子は早口で言った。


「大丈夫?」


手を重ねて、寄り添って、ただそうしていたいだけなのに。



「話したい事がたくさんあるけど、仕事中でしょ。
どうかしてたんだ。

ごめん、こっちが夜だからさ、電話しちゃったんだ。
またかけるよ。」




「一行、私明日、帰るね。
もうここも半年過ぎたし、一行の顔見ないまま、こっちに来ちゃったし。

明日、一行のとこに帰るね。
もっと早くに戻れば良かったんだね。

ごめんね。
自分の事しか考えてなくて。
すぐに休暇願い出すから。」




貫き通す、ひとつのもの。


それが何であれ、今すべき事は、一行の元へ戻る事だという事ぐらい、一行に触れていなくても、その声を聞けばわかる。



だって私は、一行の妻だから。



その事ですぐそこの未来が計画を変えても、一行の存在に勝るものなどないんだから。




「麗ちゃん、涼が会社辞めた。」



「えっ、うそ…」


あの空港で渡された長い手紙の最後に書いてあった、一行とはもう会う事はないという現実が目の前に現れて、ひとり耐える方法を見つけられずに、肩を落としている一行が見える。



同じ重さで保って行ける優しい愛し方は、日々の何気無いぬくもりだったりするんだと…

結婚をしてみて、わかる事、感じる事、そして簡単ではない選択を迫られるという事なんだと…



私は強引に休暇を取り、日本に帰る準備をした。


ボスは、首をすくめて飽きれていたけど、こんな時の私が一歩も後へ引かない事は、もうこの半年で解っているはずだ。



涼が会社を辞めた事は驚きはしたけれど、不思議とどこかでそんな姿も予想はついていた。



一番大切な人に信用されるには、信じることから始まるという、簡単そうで難しい行動を、私はどれだけ実行出来ていたのだろう。



一行、すぐに行くから。
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