【中編】桜咲く季節に
「あんたさ、あれから5日経つけどまだ何も思い出せない? 名前も?」

「……はい。すみません」

「謝ることは無いよ。
でも名前がないといつまでも『あんた』って呼んでないといけないんだよな。
これって都合悪いと思わねぇ?」

「…名前…そうですね。でも…思い出せませんの。申し訳ありません」

「無理して思い出さなくてもいいけどさ、当面でいいから何か呼び名が必要だな。自分で好きな名前を考えてみたらどうだ?」

「好きな名前?…特に思い浮かびませんわ。
……あの…良かったらあなたが名付けて下さいませんか?」

「え、俺が?」

驚く翔に、彼女はフワリと微笑み頷いた。

これまでも翔の前でだけは、口元を僅かに緩める柔らかな表情をしたことがあったが、微笑んだのは初めてだった。

まるで窓の外の舞い散る桜のようなその儚げな美しさに、翔は思わず息を呑み見惚れてしまった。

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